| 遠い約束 5 |
かた、かたん。 微かな物音が自分の安眠を妨げる。 「ん・・・う〜・・・」 「やっと目を覚ましたか?」 声と共に両手首を何かに強く圧迫されて、ユーリは呻いた。 「いっ・・・」 「悪いが暫くそうしていてもらう。何者だか知らないが、この城に侵入した以上捕らえないわけにはいかないからな」 そろりと開き、目の前にいる青年にユーリは小さく声を漏らした。 絶対に言ってはいけないと解っていた言葉を・・・。 「・・・コンラッド・・・」 「?! 何故俺の名を・・・」 瞬時に抜き放たれた剣が、ぴたりとユーリの喉に突きつけられる。 そこで漸く、ユーリは今自分が漏らした言葉が彼に届いていたことを知った。 「え・・・?え?!ま、待って、ごめんっ今のなし!!」 「どうして俺の名を知っている?しかもその呼び方で呼ぶ奴は少ない。お前は一体・・・」 ・・・どうしよう。 ちくちくと針が刺さるような視線を受けながら、ユーリは渋い表情を浮かべて俯いた。 自分が何者であるか、そんなのは別に答えても痛くも痒くもない。 だが、今この時代では答えることが出来ないだけで。 それに関連することだから、自分が何故彼の名を知っているのかと言うこの問いにも答えられないのだ。 本当は、自分は敵ではないと、疑ってくれるなと言いたいのに、それもできない。 自分の無実を証明することが出来ない以上、彼の信用を勝ち得るのは困難極まりない事実。 「・・・いえない事情がある、か。まぁいい、どの道明日には全てを話さなければならないんだから。」 「え?なんで・・・」 「城に侵入した以上罪人扱いは当たり前だろう?尋問だってある。」 「おれ、殺されるの?」 問い掛けにとくに意味はなかった。 ただ、自分の今後の身の振り方を考えておくためには命の有無は必要不可欠だし、もし殺されるのであればそれこそ死ぬ気で脱走しなければならない。 だが、目の前の青年―――コンラッドはすっと目を細め、口角を自嘲気味に持ち上げた。 「死ぬのが恐いか?」 何処までも冷ややかな眼差しの向こうに揺れる、微かな痛みを含んだ瞳。 それを見た瞬間、ユーリはくしゃりと表情を歪めた。 (・・・どうしてこいつはこう、自分を痛めつける言葉しか吐けないんだか) 先程より幾分感情の宿った瞳を見つめ、ユーリはほわりと微笑みを浮かべる。 「恐くない、って言ったら嘘になるけど、でも一番恐いのは・・・大切な人が悲しむことかな。」 「っ・・・」 僅かに息を呑む気配が解ったが、ユーリは表情を変えることなく穏やかな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。 「おれが死んであいつが悲しむことが恐い。悲しんだ果てに命を捨てるんじゃないかって、それだけが恐い。・・・・二度も大切な者をあいつから奪わせたくないんだ、だから・・・おれは死ねない」 穏やかな視線の中に真摯な光を含んで、一心に目の前に立つコンラッドを見つめる。 何となく、予想はついていた。 彼は先程からいやに感情を抑えようとしている。 そして、初めて会ったあの時、これとは真逆なほど感情を露わにしていた。 彼は知ってしまったのだ。 自分にとってとても大切だった女性が、もうこの世には居ないと言うことを。 そしてその事実を自分のせいにして自身を責めている。 だから、感情を必要以上に押さえ込んでいるのだ。 「あんた以外に嘘つくの下手だな。上の地位についているあんたなら、今ここでおれを如何こうしても誰も何も言わない、それだけの権限を持っているはずなのに何もしようとしない。」 「・・・それほど上の地位に居るわけじゃない」 「ああ、十貴族の中には入ってないんだっけ?あ、でも今回のでそれ相応の地位にはなれるはずだよな、確か。」 「どうしてそれを・・・」 更に警戒を濃くしてしまったコンラッドに、ユーリは苦笑を浮かべて参ったな、と漏らした。 「ちょっと事情があるんだよ。しょーがない、ホントは言いたくなかったんだけど・・・おれ、眞王廟から来たんだ。」 「眞王廟から?」 「そう。あ、でも彼女たちにおれがここにいることは言わないでくれよ?!こっそり抜け出してきたんだからっ」 そこでユーリは自分の手首に走る痛みに顔を顰めた。 さすがに長時間縛られただけに、皮膚の表面が擦られてしまったようだ。 「・・・痛むか?今外してやる」 「え?でもおれ・・・」 「眞王廟から来たんだろう?嘘を言っているか言っていないかくらい見極められるさ。お前の目は嘘を言っているようには見えないからな。」 コンラッドはユーリの戒めを解くと、そっと赤く擦れた手首を擦る。 それにも痛みが走るのだろう、ユーリは眉間に皺を寄せた。 「すまない、少し強く締め付けすぎた。」 「へーき、これくらいすぐ治るって。・・・でさ、えーと、厚かましいのは重々承知してのお願いなんですが・・・」 ちらちらと下から窺い見るユーリに、コンラッドは小さく首を傾げた。 その仕草が自分の知るいつもの彼と同じで、ユーリは小さく笑みを浮かべる。 「あの、さ・・・今日泊めてくれない・・・?」 「・・・ああ、そうか。しかしどうして眞王廟を出て・・・」 「ルッテンベルク師団が帰ってくるって聞いて、どうしても一目見たくてさ。」 えへへ、と照れくさそうに笑ってユーリは立ち上がる。 窓の外からは街の明かりが、闇に星のように瞬いていた。 「・・・こんなに街が平和なのは、あんたたちのおかげなんだよな。ありがとう」 「・・・俺はただ守りたいと思ったからしたまでだ。」 だから礼を言われる意味はない、と。 そんな彼にユーリはふわりと微笑んで、すぐにちょこんと首を傾げた。 「・・・ちょっと動き変だけど、どっか怪我してる?」 「別に・・・」 「コンラッド」 真っすぐに見つめてくる瞳にコンラッドは僅かに視線を逸らした。 この瞳を見ていると、逆らう気がどうにも失せる。 観念して小さく吐息をつき、コンラッドは緩く頭を振った。 「・・・大したことじゃない。すぐになお・・・っ」 「これの何処が『大したことじゃない』、だよ!何で今まで黙って・・・、まさかこの怪我でおれを追っかけてたわけ?!」 怒鳴り声と共に腕を引かれ、ベッドに座らされる。 これでは先程と立場が逆だ。 そんなことを思いながらも渋々言うことを聞いていると、ユーリの手が傷口に這わされた。 「っ・・・!手が汚れるからっ」 「いいからじっとしてろって」 触れた手からほんのりと熱が体内に注がれるような錯覚に囚われる。 一つ一つそっと壊れ物に触れるかのようにユーリは手を這わせていった。 その後には、血の止まった傷口が薄っすらとピンクの肉を隆起させて塞がれている。 「・・・治癒能力?君は魔族なのか」 「・・・ん、どっちかって言うと混血かな。一応母親は魔族じゃないし」 怒ると魔族よりも恐いけどね。 苦笑を零すユーリの額には玉のような汗がじっとりと浮かんでいた。 「顔が青い、無理はするな。・・・ちょっと待て、今まで混血の中から魔力を使えた者はいないはず・・・」 「あー、そう言えばそんなこと言ってたっけ・・・」 ちょっと待って、と呟き、ユーリはコンラッドの身体に這わせていた手を離すとふらつく頭を押さえた。 くらくらと揺れる視界の端に、コンラッドの銀の虹彩が何故か妙にはっきりと見える。 未来の彼も過去の彼も、どちらもが持っている銀の光。 何故かその事実に安堵して、ユーリはぽふん、とコンラッドの腕の中に倒れこんだ。 「話は明日・・・今日はもう寝よ・・・?」 そう言うと、すぅすぅと規則正しい寝息の音が聞こえ出した。 思いがけない行動に暫し呆然としていたコンラッドだが、苦笑を零すと腕の中に居るユーリを抱き上げ、ベッドに寝かせる。 その寝顔を少しの間見つめて、コンラッドは部屋を出た。 廊下の窓から見える月を見つめ、ずっと胸に秘めた名を呟いた。 「ジュリア・・・」 この思いは、一体何なのだろう? 大切な者を亡くして生きる術さえ見失いかけていたと言うのに、この穏やかさは何なのだろうか。 何処までも冴え冴えとした蒼白い月を見つめ、ただコンラッドはそんな言葉を繰り返し自問していた。 |
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