遠い約束 6



 ピチチチ・・・、なんてかわいい鳥の鳴き声は聞こえず。
 「エンギワルーっ」と言うまさしく縁起の悪そうな鳴き声でユーリは目を覚ました。
「・・・うぅ・・・なんて朝から最悪な鳴き声を・・・」
「おはよう、その分だと良く眠れたようだな。もう三番目覚まし鳥が鳴いてだいぶ経つぞ。」
 もそもそと自室のベッドから起き上がる少年にそう声をかけ、コンラッドは湯気の立つカップを手渡してきた。
「・・・?」
「牛の挽き肉が入ったコンソメスープだよ。昨日の夜何も食べずに寝ただろう?だから軽いものと思って頼んでおいたんだ。」
 出されたカップを両手で受け取り、ゆっくりと口の中に含む。
 後味に爽やかな風味が残って、首を傾げる。
「・・・これ、ハーブ?」
「ハーブ?」
「うん。この後味にスーッとした感じ、ハーブ特有の感覚なんだけど」
 もう一口飲んで「やっぱりそうだよ」と一人納得して。
 しかし、一方コンラッドのほうはと言うとカップを見つめたままきょとんと首を傾げていた。
「コンラッド?どうかした?」
「いや、ここのスープではこれが一般的だから、特に気にしてなかったんだが・・・確かに後味にそんな感じが残るな。」
 それから口に合わなかったか?と聞かれ、ユーリは慌てて首を振った。
 それに微かに安堵の笑みを浮かべたコンラッド。
(あー、やっぱあっちのコンラッドとこう言う表情は同じだな)
 目を細めてそんなコンラッドを見つめ、ユーリも口元に笑みを浮かべた。
「ご馳走様っ!ありがと、コンラッド」
「どういたしまして。さて、じゃあ昨日の話しの続きと行こうか?」
「あー、ごめん。ちょっと待って」
 ユーリは外を見、腕時計を見て、最後に扉を見る。
 そしてベッドから降りると自分の今の格好を眺め、まぁいいかと一人ごちた。
 そこで軽くストレッチを済ませると、ユーリはとてとてコンラッドの脇を通り抜ける。
 それを何も言わず目で追っていたコンラッドは、ユーリが扉に手をかけたところで慌ててその体を引きとめた。
「こらっ、何処へ行くつもりだ?」
「え?ちょっとジョギングに・・・」
「じょぎんぐ?それは一体・・・」
「コンラート、起きてるか?」
「「!!」」
 突如扉の向こうから聞こえた声に、ユーリもコンラッドも動きを止める。
 しかしすぐに我に戻り、コンラッドはユーリを備え付けのバスルームへと押し入れた。
「少しの間ここで待っていろ。用事が終わったらすぐに出してやるから」
「う、うん」
 返答を聞くとコンラッドは扉を静かに閉めて、客人を迎えるために去っていった。
 それを耳で感じ、ユーリはふぅと息を吐き出す。
 さっき聞こえた声、それは間違いなく自分も知っていた声だった。
「・・・あれは、グウェン・・・だよな?」
 間違えるはずがない。
 いつも聞いているわけではないが、あの重低音を響かせた威圧的な声は彼しかいない。
「何の話だろう・・・」
 耳を傍立てても、さすがにここまでは話の内容どころか声さえ聞こえてこない。
 仕方なくユーリは浴槽に腰掛けてコンラッドが来るのを待った。


□■□■□


 いい加減退屈してきて、イライラと扉を睨みつけたころ。
 漸く待ち望んだ人物がその扉を開けてくれた。
「悪い、待たせた。」
「あ〜っやっと出れた!もう、退屈すぎてヤバかったよ」
 基本的にじっとしていることが苦手なので、たとえ十数分でも狭い個室の中に押し込まれるのはユーリには辛いことだった。
 バスルームから外に飛び出し、窓に近づいて扉を大きく開け放つ。
 気持ちのいい風が頬を撫でて室内を駆け巡っていった。
 それに一息ついて、くるりとユーリはコンラッドを見返った。
「えーと、もし差し支えなければ何の話をしていたのかお尋ねしたいんですけど・・・。」
「ただの仕事の話さ。城下のほうで不穏な動きがあるからその視察と、入用なら討伐。2、3時間後には出なきゃいけないんだが・・・その前に君のことを少し聞いておきたい。」
「答えられる範囲でなら。」
 わかった、と頷いてコンラッドはユーリを椅子に座らせた。
 自分も少年の向かいに腰を下ろし、真っ直ぐに目の前に鎮座するユーリを見つめる。
「まず、君の名前は?」
「・・・えーと、取り敢えず"ユーマ"って呼んでくれればいいよ。」
「取り敢えず、と言うことはこれも『言えない事情』の一つ?」
「う"・・・まぁ・・・」
 気まずさに視線を背けるユーリに、コンラッドは苦笑を零す。
「では、ユーマ。君は眞王廟から来たと言ったな?」
「うん」
「抜け出したことは、恐らくもう巫女たちは知っている。・・・と言うか、今眞王廟から緊急の知らせで血盟城に白鳩便がきた。『75から80歳ほどの少年が行かなかったか』と。」
「げっ」
 その一音を発したまま、ユーリは暫し固まる。

 ・・・おれ、まだ16歳なんだけどなぁ・・・

 そんな暢気なことを考えている場合ではないのだが。
 ぼそりと呟いて、参ったなぁと溜息と共に吐き出した。
 そろりとコンラッドを見上げると、コンラッドは未だじっと自分を見ていた。
「・・・その、それに対しての回答は何て・・・?」
「もちろん、『来ていない』と答えておいた。グウェンダルにもそう答えたしな。」
「そっか、サンキュ」
「君は・・・」
 じっと見つめたまま、コンラッドは何かを探るようにそう呟き。
 しかし、きょとんと首を傾げるユーリに何でもないと首を振った。
「じゃあ、俺がいない間はなるべくこの部屋から出ないように。食事は運んでもらうように言ってあるから。」
「えー」
「眞王廟に知られても?」
「う"・・・解りました」
 がっくりと肩を落とすユーリの髪をぽんぽんと叩き、コンラッドは椅子から立ち上がった。
 準備をするのか、その場で上に来ていたラフなシャツを脱ぎだす。
「!!」
「? 顔が赤いが、風邪でも引いたか?」
「ななななななんでもないっっ!!風邪引いてないからっ」
 伸びてきた手をかわし、ユーリは立ち上がるとそそくさと窓辺に近寄った。
(いきなり脱ぐなよっ)
 内心でそう悪態を付きつつも、ユーリは火照る頬を手で覆う。
 傷の多い体。
 今までの勲章の残る体。
 それを嫌だと思ったことは今まで一度としてない。
 それは彼が今まで生きてきた証でもあるから。
「・・・コンラッド・・・」
 思い出してしまい、ユーリはぎゅっと胸元に下がる魔石のペンダントを握り締めた。
 これも郷愁と言うのだろうか・・・。
「どうかしたか?」
「え・・・?」
「今俺の名を呼んだだろう?」
「あ、ごめんっなんでもないから・・・」
 そう言うユーリの表情は苦しそうで、コンラッドも知らず眉間に皺を寄せた。
 ふと、気づいたときにはその小さな頭を引き寄せて、滑らから茶色の髪を撫でていた。
「明日の朝には一度戻る。それまで一人だけど・・・」
 心配してくれているのだと、ユーリはそう感じて泣き笑いのような顔を浮かべた。
 だがしかし、それをコンラッドに見られる恐れはないのでそのままにぎゅぅぅっと青年の胸にしがみ付く。

 こうして髪を梳いてくれる仕草も、心配する言葉も、何もかもが変わらない。
 ただ、自分と一緒にいた記憶がないだけ・・・。
 仕方のないことだと、解ってはいるけれどそれがときに辛い。

 暫くしてコンラッドがユーリの体を解放する。
「じゃあ」
「・・・おう、行ってらっしゃい」
 ありがとう、と。
 言葉にはせずに胸の中で呟く。
 扉の向こうに消える姿を手を振って見送って、静かに扉が閉められた音が響くと同時にユーリは崩れるようにベッドの上に座り込んだ。


「コンラッド・・・コンラッド・・・っ」


 彼は"彼"―――。
 その事実は変わらないのに、どうしてこんなにぽっかりと胸の奥が空洞になっているのだろう?
 彼の匂いに包まれたベッドで、ユーリは静かに雫を零した。



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