遠い約束 4



 頭上を見上げて今の時刻を確かめる。
「森に入って1時間くらいは経過したかな・・・?」
 ユーリは辺りを見渡し、人の気配を窺う。
 ・・・今のところ追手は来ていないみたいだ。
 このまま歩いていけば、やがて城の裏手に広がる裏庭へと到着するはずだ。
 そこは自分の一番のお気に入りで、大好きな彼が野球好きのおれを喜ばせるために設営してくれたボールパークがある。
 まぁ、今の時代にはないが。
「えーと、ここを真っすぐ行って・・・あ、出た」
 何せ血盟城は土地が広い。
 ちょっと庭にに面した森、と言っても結構な広さがある。
 なので、下手に土地勘がない者が入れば迷子にもなる。
 ちょっとなりかけた経験がある以上ユーリとしても人事ではないので、こうして無事に抜け出せたことに安堵の息を吐いた。
「ちゃんと聞いておいて良かったよなー。まぁ、多少木の位置関係とか違かったけど、迷うほどではなかったから教えてもらったとおりに来れたし。さて、問題はこっからどうやって眞王廟へ戻るかだ・・・」
「くそっ・・・!!」
 ダンッ!と何かを打ちつけた音が聞こえて、ユーリは息を呑んだ。
 抜け出た森の正面にある城壁に、一人の青年が立っていた。
 背をこちらに向けているのでその顔はわからない。

 だけど――。

 ユーリの中の全てが叫んでいる。
 彼が"彼"だと。
「・・・っ」
 口に上る名を必死に堪えて、ユーリは少しずつ後退して行く。
(今ここで見つかっちゃいけないんだ・・・っ)
 ここは過去だ。
 今ここに存在するはずのない自分が、この時空で彼に会っては未来が変わる可能性がある。
 それだけは、避けなければ・・・。
 一歩一歩、慎重に足を運んで森の中へと戻る。
 もう十分下がっただろうと思ったとき、ユーリの足音で微かに音が立った。
「! やべっ・・・」
「誰だ!!」
 しまった、と思ったときには時既に遅し。
 誰何の声と共に飛来してきた物が背後の木にとすん、と刺さる。
 流石は軍人、ダーツをやったら満点取れるんじゃないか?と思うくらいのコントロールだ。
 もちろん、そんな悠長なことを考えている場合じゃないが。
「誰だと聞いている。姿を見せろ」
 近付いてくる足音に、取り合えずユーリは慌ててフードを被る。
 これで顔を見られることはない。
 前身ごろの合わせ目をぎゅっと握り締め、目の前に立った気配に固く目を瞑る。
「・・・少年?一体何処から・・・いや、その前にどうやってここに入った?ここは城壁に囲まれた城の裏側だ。迷い込んだなんて有り得ない」
 じゃり、といやな音が耳につく。
 伸ばされた腕がユーリの肩を掴んで強く引かれた。
「顔を見せろ。何処から入ったんだ?」
「あ、怪しい者じゃないからっ!ちょっと城に届け物を持ってきて迷っちゃってっっ」
「そんな"ナリ"で言われてもそうかと納得できるわけがないだろう。まったく、兵は何をして・・・」
 青年はそこで言葉を途切らせ、すっと視線を森の外へと投げた。
 ユーリもそれに倣って青年が見遣る方向へと顔を向ける。
 すると。
「何処だ?!まさか城の中に入ったわけではないだろうなっ」
「敷地内に入っただけでも十分問題なんだ!もし城内にでも入られた日には・・・」
 2,3人の兵が走りながらそんな会話をしていた。
 もちろん、青年には何のことだか解らないだろう。
 だが、青年に捕まっているユーリにはすぐに理解できた。

 彼らは自分を探しているのだ。

(やばいっ早く逃げないと・・・!)
 ユーリは兵に気を取られている青年に内心で申し訳なく思いつつ、肩を掴まれていた手を思いっきり払い落とした。
「! ・・・お前っ・・・」
「ごめんっ本当に・・・っでも、お願いだから見逃して!」
 そう叫ぶと、隙を突いてユーリは青年の脇をすり抜けた。
 そしてそのまま森を抜け、兵が来た方とは逆へと足を向ける。
 こっちに行けば何があるか、ユーリは知っている。
 それでも今この状況を打開するには方法がない。
「隠れんぼなら、おれのほうが、上手いってねっ」
 息を切らしつつ、近付いてくる場所に目を細める。
 だが、後もう少しと言うところでユーリの足は止められた。
「いたぞ!」
「待てっ!」
 八方塞とはよく言うが、まさに今のユーリはそれだった。
 前門に衛兵、後門に青年。
 どうしたものか・・・。
「一体何事だ。まさか本当に侵入させたのか?」
「で、殿下っこれは失礼しました!ちょっとこちらのミスでしてっっ」

 殿下、ねぇ・・・。

 兵と青年のやり取りを傍目で見遣り、ユーリはそっと息を吐いた。
 この時代の彼は、確かに"殿下"と呼ばれるに相応しいのだろう。
 だがしかし、兵たちの態度が何処となく引けているのは何故だろうか?
 自分を挟んで対話する者たちを、ユーリは暫く眺め。
「・・・あ」
 目の前に開いた扉に小さく声を漏らすと、一瞬後には飛び込んでいた。
 背後で何かを叫んでいる声が聞こえるが構っちゃいられない。

 今は逃げなくてはならないのだ。

 兵からも、あの青年からも。
 結果、予定通り城内へと侵入を果たしたユーリは、一目散に慣れた廊下を駆け出した。
 下手に城の外を走り回るよりこちらの方が隠れ場所が多い。
 人気の少ない廊下を全力疾走に近い状態で駆け抜けて、最も自分が通いなれている場所になると辺りを見渡す。
 四つ辻の右側から人の気配がする。
「うぅ〜っ取り合えず・・・」
 そこではた、と止まる。
 この廊下にあるのは確か・・・。
 まるで何かに導かれるようにユーリはその方へと足を向けて。
「・・・いない、よな?」
 ここには、居ないはずだ・・・取り合えず今は。
 そろりと扉を開け中を窺い、無人であることを確認すると身を滑り込ませた。
 ぱたん、と最小限の音を立ててしまった後、扉の向こうを数名の足音が通り過ぎていく。
 その後暫く扉にへばりついて廊下の様子を探っていたが、誰も通らなくなったのを知るとユーリは盛大な溜め息をついて床にへたり込んだ。
「・・・はぁー、危なかった。暫くはここに居ても安全かな・・・?まさかこんなところに居るとはあいつだって思わないだろ。」
 部屋の中を見渡し自分の知るままであるのを知って、知らず頬の筋肉が弛む。
 殺風景な部屋。
 調度品など最低限のものしか置かれていない。
 自分の知る部屋より、数段寂しさを感じさせる気がする。
「・・・コンラッド・・・」
 思い出したら、浮かんできた彼の笑顔に胸が苦しくなる。

 今頃何をしているだろうか。
 自分が地球に帰ったと思って普段の仕事に戻ってしまっただろうか?
 自分のことなど忘れて、仕事を・・・。

 胸元に揺れるライオンズブルーの魔石を握り締める。
 帰りたい・・・。
「コンラッド・・・助けてよ・・・」
 近寄ったベッドにぽすんと転がって、ユーリは強く瞼を閉じた。



 眼裏に浮かぶのは、最愛の人の笑顔だけ―――。



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