遠い記憶 2



次第に収まって行く渦を見つめて、コンラッドは深い溜め息を零した。
 彼が帰ってしまった後の、どうしようもない虚無感。
 ユーリが地球へと帰ることは、決められた現実。
 それでも、この気持ちはどうしようもないほど彼を求めてしまう。
「・・・戻るか」
 最愛の者がいない今、ここに一人でいても仕方がない。
 こういうときは仕事で忘れるに限る。
 兵への多少の八つ当たりは・・・少しは大目に見てもらいたいものだ。
 もう一度だけ噴水に視線を向け、「早く帰ってきてくださいね」と小さく呟きを残すと踵を返す。
「・・・あれ?渋谷は一緒じゃないの、ウェラー卿」
「・・・猊下・・・?!」
 思わず自分を呼んだ人物を指差してしまった。
 それにも気にせず、双黒の大賢者こと、村田健はコンラッドの前まで歩いてくると辺りを見渡した。
「おかしいなぁ、フォンクライスト卿にここにいるって聞いてきたのに」
「・・・なんでここに」
「ん?いやー、眞王廟にいると雑務押し付けられるから逃げてきたんだよねー。」
 あははと笑う村田に対し、コンラッドの表情は険しいものへと代わった。
 そんなコンラッドの異変に気付いた村田も、笑いを引っ込めて目の前の青年を仰ぎ見た。
「・・・何かあったのかい?ウェラー卿」
「いえ、まだ・・・。ですがもしかすると・・・」
 一度言葉を切り、再度真っすぐに村田を見遣る。
「陛下と猊下は、地球に戻る際必ず一緒ですよね?」
 今までの経験上、二人が一緒に来たときは帰るときも一緒だった。
 コンラッドの言葉に村田は頷く。
「うん、僕は渋谷を媒体にしないとこっちの世界に来るのがちょっと大変だからね。」
 長い間眞魔国側に転生を果たしていなかったせいで、体が眞魔国に馴染んでいないのだ。
 そのため、村田を一人で転送するには巫女側の負担が大きくなる。
「やはり・・・」
「それで、渋谷は?話の筋からいくともしかして一人でスタツアしちゃったとか?」
「ええ、ついさっきその噴水の渦に呑まれて。」
「・・・・」
 見る間に村田の表情が渋面を作った。
 そして盛大な溜め息を一つ。
「・・・一応聞くけど、渋谷が呑み込まれた渦の光は黄色くなかった?」
「え?・・・・ああ、そういえば。寧ろ光に"引っ張り込まれた"みたいな・・・」
 確かに、普段は蒼白い輝きを見せる渦が今日のは暖色系の色を帯びていた気がする。
 そして、ユーリの体を包み込んで引き込んだような感じがした。
 肯定の言葉に、二度目の深い溜め息を吐き出した。
「やっぱり・・・。まったく、どうしてこうもちょっかいを出すかな、彼は」
「猊下?」
「いつもは蒼白い光を発する、これはウルリーケたち"巫女"がスタツアを発生させたときの色なんだ。そして今回の色の場合、スタツアを発生させた人物は――眞王だ。そもそも渋谷と離れているときに彼を帰すことになったときは、ウルリーケから知らせが来るんだよね。でも来てないし、そうなると必然的に眞王陛下ってことになる。」
 村田はコンラッドを促して歩き出した。
 中庭から建物の中に入ると、見計らったように廊下の向こうから衛兵が駆け寄ってきた。
「猊下っ眞王廟からの連絡です!」
「向こうも渋谷が消えたことに気付いたみたいだね。貸して」
 前者をコンラッドに、後者を兵に向けて言うと、村田は兵から受け用の赤い骨を受け取る。
 暫くして耳に当てていた赤い骨を離すと、今度は送り用の青い骨を手に取った。
「至急渋谷の居場所を探ってくれ。事を起こしたのが彼だって言うのは既にこちらも承知済みだ。あ、地球は除外していいから。なるべく別の次元・・・そうだな、過去とかをお願い。」
 話し終えると、その青い骨も兵の手の上に戻した。
「さて、あとはウルリーケからの連絡を待つのみ、かな」
「大丈夫でしょうか・・・?陛下の身に何も起こらなければいいんですが・・・」
 眉間に深い溝を作る青年に、村田は「大丈夫だよ」と答えた。
「自分の分身でもある魔王を彼自身の手で危険に曝すことはないさ。まぁ、渋谷自身が飛び込んで行く可能性が高いから、そこは何とも言えないけど。命の危険が迫れば、彼が守るか周りにいる人が助けてくれるよ。」
 人と馴染むの早いからねー。
 おどけて笑い、村田は歩き出した。
 向う先はここ本館の奥にある執務室。
 そこでは今グウェンダルとギュンターが、魔王のこなせない分の執務を片付けているはずだ。
 魔王の不在を聞いた二人の反応を思い描き、コンラッドは口の端に苦笑を滲ませた。
 ふと。
 脳裏を掠めた映像に動きが止まる。
 まだ顔を思い出すことは出来ないが、ユーリに話してからと言うもの、あの頃の記憶が少しずつ蘇っている気がする。
「まさかな・・・」
 緩く頭を振って、再び歩き出した。
 そういえば、あの時負った傷は大丈夫だったのだろうか・・・。



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