遠い約束 1



「なぁなぁ、コンラッドの若いときってどんな感じだった?・・・あ、いや、今も若いけど」
 そう付け加えて、ユーリは隣を歩く保護者であり自分の護衛役であり、恋人でもある青年を振り仰いだ。
 今は謁見を済ませてちょっとした休憩を貰い、こうして青年と中庭に向っている最中だ。
 他愛もない話をしていて、ふと思いついたことを訊ねたわけで。
 もちろん、突然の問いかけに青年―――コンラッドは目を見開いて驚きを表したが、すぐに微笑を浮かべる。
「どうしたんです、突然?」
「ん?いや、何となく、ね。あんたはおれの小さい頃とか知ってるけど、おれ知らないしさ」
 それに、ユーリが来るまでのこの「実は似てたのね、三兄弟」の関係は、それはもう酷いものだったのだ。
 その昔話を、最近になってからメイドに聞いたユーリは、話自体に嫌悪感を抱いた。
 メイドから言えば、彼女等の語った話だってほんの一握りに過ぎないらしいが。
 そうとも知らずコンラッドは昔を思い出すかのように視線を遠くへ投げ、目を眇めた。
「俺の昔・・・ですか。うーん、これといって何も。剣術を磨くのに毎日稽古したり、馬の世話したり。・・・・あ。」
「何?」
 何かを思い出したのか、コンラッドはその一音を紡いだまま暫く沈黙した。
 やがて嬉しそうに目を細め、ユーリを見下ろす。
「いえ、何故かあまり良く覚えてないんですけど・・・・・・20年前、くらいかな。あれはちょうど戦時中だったはずだから。ヴォルフラムくらいの少年に会ったんです、この城で。その頃は俺も随分と荒れていて・・・まぁ、そこはスルーしておいてくれると助かるんだけど。よく一人で城の裏庭で時間を過ごしていたんですよ。」
 たどり着いた中庭にある噴水に近寄ると、その淵にユーリは腰掛けた。
 ユーリに倣ってコンラッドも隣に腰を下ろす。
「それで?その少年は?」
「それが・・・本当に不思議な少年で、この城に留まっていたのはほんの1週間程度だけだった気がしますね。何処から現れて何処へ行ったのか誰も知らなくて・・・もしかすると、覚えているのも俺一人だけかもしれないな・・・。」
 何処か寂しそうに微笑む彼に、ユーリはコンラッドの言う少年に思いを馳せた。
 荒んでいたときのコンラッドを知る、突如現れた少年。
 コンラッドがこんな表情をするほど思い入れる人物とは、どんな人だったのか。
 自分の知らないコンラッドを知っている少年に少しだけ嫉妬心を覚え、反対にその少年が少しでもそのときのコンラッドの味方になってくれてたらいいのにと思う。
「これだけは鮮明に覚えていて、別れるときに再会の約束をしたんですが、あれから結局連絡もなくて。俺も顔を忘れてしまったし・・・・幸せに、元気で暮らしていればいいんですけどね。」
「・・・そっか。コンラッドがそこまで言う少年に、おれも会ってみたいなぁ。」
 きっと気が合いそうだ。
 そう言って笑うと、コンラッドもそうですね、と頷いた。
 ふと何気なく噴水に目を遣り、ユーリは息を呑んだ。
「・・・水が、黒い・・・?」
 今は日中。日の蔭らない場所にある噴水の水が黒く見えるわけがないのだ。
「・・・・」
 何かに誘われるように、ユーリは水面へと手を伸ばす。
「ユーリ?どうし・・・」
 コンラッドが問いかけてくるのと、ユーリが水面に触れたのは同時だった。
 黒だと思っていた水が、にわかに淡い黄色を発してユーリの体を包み込む。
「うわっ!」
「ユーリ!」
 いつもの如く何かに引っ張られて、ユーリの体は派手な水音と共に噴水の中へとダイブした。
(うそっいきなりスタツアですか?!)
 いつもスタツアは突然なのだから今回のだけにいちゃもんつけたところで致し方ない。
 ない、のだが。何かいつもとちがくないだろうか?
(もう少しコンラッドといたかったのに・・・。眞王のケチーっ!)
 その異変には、どうやらおばかちんのユーリには気付けなかったらしい。


「ぷはぁっ・・・ったくもう・・・あれ?夜?」
 水面から顔を出し、悪態をついてから辺りを見渡す。
 しかも何かが足りないような・・・。
「あっ村田は?!村田ーっムラケンさーんっ?」
 呼んだところで彼の人の姿は何処にもない。
 首を傾げつつももう一度じっくりと辺りを見渡し・・・そこが自分が思い描いていた場所とは違うことに気付いた。
「・・・ちょっと待て、ここもしかして・・・眞王廟?!」
 夜で辺りが暗かったせいか、気付くのが遅れた。
 そこは眞王廟の中庭だったのだ。
「何で眞王廟に・・・しかもいつの間に夜?」
 更にユーリは首を傾げる。
 一体これはどうなっているのやら・・・。
「何者!」
 突然、女性の声が上がったかと思うや否や、ユーリは女性兵に囲まれていた。
「こんな時分にここで何をしている!ここは神聖なる眞王廟、男子は禁制ですよ?!」
「うわわっ」
 向けられた槍が喉に突きつけられる。
 「ちょ、ちょっと待ってよ、巫女さんたち!おれだよっ渋谷有利原宿不利・・・ってそうじゃなくっ」
「シブヤ・ユーリ?何処の者です。出身は?どうやって入ってきたんですか」
「出身は地球の日本で、入ってきたのはそこの噴水――・・・って、えぇ?!」
 再び、今度は先程よりも深く槍を突きつけられて、ユーリは飛びのいた。
「何をふざけた事を。"ニホン"何て付く地名はこの眞魔国には存在していませんよ。」



 ―――おかしい。



 何がどうなっているというのだろうか。
 巫女たちが自分を知らないということはありえない。
 本来彼女たちが自分を眞魔国と地球へ送る渡し舟の役を担っているのだから。
 それなのに、この対応は一体何なのだ?
「取り敢えずウルリーケ様に・・・」
「何事ですか」
 巫女衛兵の一人が身を翻したとき、建物の中から幼い声が響いた。
 その場にいた全員が即座に膝を付き頭を下げて声の人物を迎えた。
「その方を解放しなさい。無礼ですよ。」
「え?ですがこの者は・・・」
「髪と瞳の色をよく見るのです」
 そこで漸く彼女たちは、ユーリの持つ"色"の存在に気がついた。
 ユーリを掴んでいた兵が、息を呑んで慌ててその腕を放す。
「双黒・・・?!」
「そんなっ・・・双黒の者が生まれたと言う報せは聞いていないはず・・・!」
 囁く声は波の様に辺りを満たしていく。
 ユーリはというと、現状を把握できずに現れた少女を見つめていた。
 そんな少女―――言賜巫女、ウルリーケが恭しく頭を垂らし。
 ユーリにとって衝撃的な言葉を告げた。
「この者たちの非礼、どうかお許しください。我が眞魔国の―――未来の魔王陛下」


 ・・・今、何て仰いました?ウルリーケさん。
 未来の魔王陛下?
 ・・・未来?!
 と、言うことは。


「ええェェェ―――?!」




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