遠い約束 3



「・・・えーと、どういう事でしょうか」
 通された部屋でウルリーケと向かい合い、座って発した第一声がこれだった。
 正面に座ったウルリーケはにっこりと笑みを浮かべて。
「先ほど申しましたとおり、ここは貴方様から見ると過去の世界になります。そうですね・・・恐らく15〜20年くらい昔の眞魔国とお思いくださったらよいかと。」
「20・・・じゃあ今はツェリ様が魔王陛下?」
「ええ」
 頷く少女に、なおもユーリは問いかける。
「ってことは、・・・今眞魔国はシマロンとの戦争の真っ最中・・・?」
 ウルリーケの表情が一瞬で陰を帯びる。
 彼女の反応で、ユーリはその事実を確信した。
「最中、と言うよりも戦況は終戦目前ではあります。・・・ルッテンベルク師団と、一人の女性のお陰で」
 沈痛な表情で、けれども微かな笑みを浮かべた少女は、真っすぐにユーリを見つめた。
 伸ばされた手が膝の上に置いていたユーリの手へと触れる。
「貴方様が御生まれになっていると言うことは、ジュリアの魂は無事に異世界へと送られたのですね。・・・ウェラー卿はちゃんと守ってくださったんですね」
「・・・コンラッドには、もうジュリアさんの死を?」
「・・・いいえ、ルッテンベルク師団が戻るのは明日の昼。まだジュリアの死は知らされていないはずです・・・」
 ユーリは「そっか・・・」と力なく呟いた。
 彼はジュリアの死を聞かされたとき、どれほど心を痛めるだろうか。
 ヨザックの話では大分荒んでいたと聞いた。
 それほどまでに大切な存在だったのだと。
 荒れすさむ彼の姿など想像もつかない。
 もちろん、見たくなどない。
 それでも、ここは過去なのだ。その事実は変えようもないし、自分が生まれていることでそれは証明されている。
「・・・どうしておれは、この時代に飛ばされたんだろう・・・」
 何か意味があるのだろうか、20年前のこの時の中に。
 ユーリが小さく吐息をつくと、ウルリーケの手が離れた。
「お疲れでしょう。今日はもうお休みください。」
「あ、うん。でもどうやったら元の世界に戻れるんだろう?」
「それは私にも・・・眞王陛下のお声も全然聞けなくて」
 ウルリーケも困ったように視線を落とした。
(・・・もしかして、スタツア寸前に「ケチ!」って言ったから怒ったのかな・・・?)
「ま、まさかなぁ・・・」
「どうかなさいましたか?」
「い、いやっ何でも!」
 慌てて首を振るユーリに、ウルリーケは訝しい表情を見せたがすぐに微笑みを浮かべる。
「そうですか。では、こちらに居る間はこの部屋をお使いください。それと、最深部からはくれぐれも出ませんよう。この世界にはまだ双黒の者は生まれていないので、見つかっては騒ぎになりますから。」
 ユーリはわかったと頷く。
 とは言うものの、大人しくしていられる自信はないが。
「それと、・・・何とお呼びすればよいでしょうか?」
「あ、そっか。名前知らないんだよな。うーん、本名言っちゃってもいいのかな・・・?」
 さっき勢いで言っちゃったけど、きっと覚えてる人は少ないだろうし。
 暫し逡巡した後、結局ユーリは"ユーマ"と名乗った。
 何気なく浮かんだ名前だったのだが、以外にしっくりくる。
「本当の名前は、いつか会う未来で教えるよ。」
「わかりました、楽しみにしています。それではユーマ様、おやすみなさい。」
 笑顔で手を振る少女にユーリもお休みと言って振り返した。
 こうやってみると、やっぱり歳相応の反応をしてくれる。
 これでウン百歳と言うのは、詐欺ではないだろうか。
 パタン、と閉ざされた音にほぅと息を吐き出して。
 窓の外に散らばる星を見つめ、それと同じ瞳を持つ彼を思い浮かべる。
「・・・コンラッド・・・」
 ――こんな、遠くに来てしまった。
 胸元に下がるペンダントをきつく握り締めて、ユーリはゆっくりと瞼を下ろした。



 翌日、ユーリは昼近くに遠くから微かに聞こえた人の賑わう気配で目覚めた。
「ん・・・な、に・・・?」
 眼を擦りつつ部屋の窓から見える城下に視線を向ける。
 何かお祭でもあるのだろうか・・・?
 窓を開けると、今度ははっきりと人々の歓声が聞き取れた。
 そこで漸く昨夜ウルリーケが言っていたことを思い出す。
「・・・そうか、ルッテンベルク師団が戻ってきたんだ」
 ルッテンベルクの獅子と呼ばれたコンラッドがいる・・・。
 そう思ったときには、ユーリは動いていた。
 手早く用意された服に着替え、世話役に控えていた女兵士に頼み込んで染髪剤とコンタクトの用意をしてもらう。
 そうしてその女兵士に気付かれないように部屋を抜け出すと、一目散に眞王廟を出て血盟城へと向った。
 小一時間も掛からず着いた城下では、既に先ほどの賑わいも影を潜め、今は市の賑わいだけを残していた。
「・・・あちゃー・・・やっぱもう城に戻った後だよなぁ」
 既に件の人物の姿は見当たらない。
 とりあえず情報収集、と血盟城へ向けて歩きだす。
 当然のように、其処此処では師団の凱旋の話で持ちきりだった。
「よくやったよ!装備もろくなの与えてもらえなかったんだろ?それなのにあの激戦区を守りきるとはなぁ!」
「ああ、やはり魔王陛下の御子息なだけある。人間の血が入っていようと、彼らは立派に忠誠を示したよ。」
 八百屋の前で店の主人と客がそんな会話をしている。
 他人のことなのに、ユーリはまるで自分が誉められたようで思わず頬が弛んだ。
 コンラッドのことが、認められている。
 彼がどんな立場に立たされ、今までどのような酷い扱いを受けたか全てを知っているわけではないが、それでも過去から現在まで数々の苦難を乗り越えてきたことは知っている。
「・・・何が『忠誠を示した』、だ。お陰であんな半端者どもがのさばる契機を与えてやったに過ぎんじゃないか」
「いくら魔王陛下の子息だからって、人間の血が混じっているのには変わりない。純潔魔族の恥曝しが・・・っ」
 そう、こうして頑張っていても。
 こうして命を懸けて忠誠を示していても、解ってくれない人も居る。
 ギリ・・・ッとユーリは唇を噛み締めた。
 八百屋の斜め前の路肩で、悪態を吐く中年の男二人に無言で歩み寄る。
「・・・・・おい。」
「あぁ?・・・何だ坊主、見ない顔だな。」
「新参者か?それとも・・・まさかルッテンベルク師団の凱旋を見に来たアホじゃぁあるまい?」
 この短気な性格でどのくらい後悔してきただろう。
 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
 一瞬にして沸騰した脳は、右腕を大きく振り上げ男の顎へと拳を叩きつける指令を出した。
 もちろん、それを止める分泌液など、一滴たりとも流れはしなかった。
「がはっ!」
 見事にクリーンヒットした男は、後ろへと仰け反りそのまま尻餅をつく。
 その一連の状況を呆気に取られて見ていたもう一人の男が、すぐに気を取り直してユーリに掴みかかった。
「てめぇっいきなり何しやがる!」
「コンラッドを・・・っルッテンベルク師団をバカにするな!どれだけの覚悟で向ったかあんたらに解る?ただのほほんと守られているだけのあんたらに、彼らがどんな思いで戦場に赴いたか解るか!?何もしないで、ただ平穏な世界の中で暮らしているだけのあんたらにコンラッドたちを罵る権利なんてないっ!!」
 胸倉を掴む男を睨みつけて、ユーリは思いっきり体を捩る。
 一瞬緩まった腕に大きく足を振りかぶって男の脛(すね)を蹴り上げた。
「いてーっ!」
「二度と混血がどうとか、恥曝しとか言うなよっ!彼らだってあんたらと同じ生きてる者なんだ!!」
「こらっそこで何してる?!」
 男の手から逃れたユーリは向こうから駆けてくる警備兵を目に留め、ホッと安堵の息を吐いた。
 だが、それも一瞬のこと。
 自分の置かれた状況と、目の前に倒れ伏す二人の男を認識して、すぐに事態の劣勢を測る。

 ・・・明らかにおれのほうが悪者、だよな・・・?

 その証拠に、警備兵は倒れた男に目もくれずユーリだけを定めて駆け寄ってきている。
 じり・・・、と半歩後退りして。
「こ、こいつがいきなり飛び掛ってきたんだっ!」
「何おぅ!?・・・ってそんな場合じゃないって」
 思わず売られた喧嘩を買うところだった。
 迫り来る警備兵にユーリは顔を引き攣らせ、くるりと体を翻すと一目散にその場を駆け出す。
「待てーっ!」
「・・・っ待て、と言われて、待つ奴が・・・いるかってんだっ!」
 日々のロードワークのお陰か、多少息は切れるもののスタミナはついているらしい。
 後方から追って来る気配を感じつつも、ユーリは前方に見える馴染んだ建物を目指した。
 ・・・あそこに入ってしまえばあとは撒ける。
 毎日ヴォルフラムとギュンターに追いかけられている為、何処に逃げ込めば見つからないか、そういうことを熟知しているユーリは胸の内でほんのちょっと、二人に感謝した。
(正面からは入れないよな・・・。そうなると)
 後方を一度確認して、ある程度の距離が開いてることを知るとユーリは正面に見える正門からぐいっと左に反れた。
 血盟城で暮らし始めた時に見つけた、秘密の入り口。
 そこは小柄なユーリだからこそ通れる抜け穴で、他の誰も知らない場所。
 裏庭のボールパークへと続く道だ。
 ぜぇはぁと荒い息を繰り返しながら辺りを見渡し、誰もいないことを確かめてそっとレンガの壁の一部を押す。

 ボトリ。

 一角だけがレンガ3個ほど内側に落ちた。
「よかったぁ〜、この時代から壊れてて。」
 よいしょ、と掛け声をかけてその穴に頭から突っ込む。
 するりと入り込み、内側に落ちたレンガを元のようにはめ込むとそこはもう他の壁と同化して気付くことはない。
「何処に消えた?!」
「確かにこっちの方に来たはずなんだが・・・」
 壁の向こう側でそんな会話を警備兵たちがしている。
 ユーリはにんまりと笑みを浮かべてその会話に聞き耳を立てていたが、すぐに踵を返すと裏庭に広がる森の中へと足を踏み入れた。



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