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サクサクサク。
トストストス。
大小異なる足音が、地面の土を踏みしめる。
その間、会話と言う会話は全くゼロ。
前を歩く青年の背を見つめながら、おれはどうにか歩みを進めていた。
少なからず、こちらの歩調に合わせてくれている。
普通に歩いたらこれ、おれの方が早いはずなのにな・・・。
ざっくりと斬られた左肩の傷が痛い。
未だに止血もしていないので、歩いてきた後から血が点々と続いている。
「もう少しだから、頑張って」
コンラッドは遅れだしたおれを振り返って、そう言った。
彼の言うとおり、湖にはすぐに着いた。
つい数十分前に来たばかりなのに、だいぶ離れていたような気がする。
おれがそんなことを思いながらぼんやりと湖を見つめていると、コンラッドは岸辺に立っておれを手招いた。
「こっちに。姿を湖に映してくれませんか?―――ユーリ」
「!」
やっぱり!
おれは嬉しくて思わずコンラッドに駆け寄った。
抱きつこうとして、すんでで止める。
「・・・俺としても抱きしめたいのは山々なんですが、これだと潰されちゃうから」
目下で苦笑を零すコンラッドにご尤も、と頷いた。
取り敢えず手招きされるまま、おれは湖の岸辺に立つ。
水面に己の姿を映したところで、驚愕に目を見開いた。
「え・・・・おれ?!」
にゃうぉ?!とコンラッドには聞こえることだろう。
水面に映る『人型』の自分を指して、わけもわからずおれはそれとコンラッドを交互に見つめた。
ど、どういうこと?!
「この湖にはちょっとした話がありまして。真実の姿を映す水、『水鏡湖』と言われているんです。」
「真実の姿を映す・・・」
しかし、おれが『おれ』だと確証できたのは嬉しいが、実際に戻れなければ意味が無い。
おれはしょんぼりと溜め息をつくと、岸辺と森の境界線に成している実に視線を向けた。
まさかアレが原因ってことはないよなぁ・・・。
食べた瞬間のあの何とも言えない不味さを思い出して、おれは顔を顰めた。
それがコンラッドにも伝わったのか、彼が実とおれを交互に見ている。
「まさかとは思うけど・・・・食べた?」
「・・・・・」
小首を傾げておれを見上げるコンラッドに、おれはちょっとだけ視線を外して・・・小さく頷く。
すると、コンラッドは微妙な顔をして、「まさか食べるなんて・・・」と呟いている。
「・・・よく食べましたね。あれクソ不味いのに。」
「ホントに不味かったよ!でも腹へってたんだからしょうがないだろ?!・・・・ってあんたも食ったことあるの?!!」
「そんなにニャーニャー鳴かれても理解できないよ、ユーリ」
半分は困ったように、もう半分は楽しそうにコンラッドは囁いた。
そして、実がなる木まで歩いていくとぷつんと一つもぎ取って、おれの元へと戻ってくる。
「はい」
「これはご丁寧にどうも。・・・・ってちょっと待て。これは何?まさか食べろとでも?!」
「もちろん、食べてください。じゃないと元の姿に戻れないからね。」
言葉は通じていないはずなのに、コンラッドはまるでおれの言葉を理解しているように言葉を述べる。
「さぁ、早く。傷の手当てを一刻も早くしないと・・・っ」
コンラッドはギリリとおれの肩の傷を見て唇を噛み締めた。
すでに痛みは麻痺したのか、今やすっかり痛みを感じていない。
感じていない、ということからして少々危険なのかもしれないが。
「・・・しょうがない、食うしかないか。」
ユーリはコンラッドの手からその実を受け取ると、意を決して口の中に放り込む。
「ぐぅっ・・・!」
「吐いちゃダメだよ」
思わず身を屈めたユーリにコンラッドは言った。
恨めしげにコンラッドを睨み据えて、それでもどうにか賢明に咽喉の奥に押し込んだ。
瞬間、目の前が真っ暗になる。
「―――ユーリ」
暫くして、優しく自分の名を呼ぶ声が鼓膜を打った。
ゆっくりと瞼を押し開けて、目の前で心配そうに覗きこんでいる人物に焦点を合わせる。
「・・・こん、らっど?」
「そう、わかりますか?」
彼の問いにこくりと頷き、ユーリはゆっくりと身を起こした。
そうして周りを見渡し、もう一度コンラッドを見てから改めて自分の手足を見て。
「あっおれ戻った?!」
「ええ、無事に戻りましたよ。」
いつの間にか肩の怪我の治療も終わっており、ユーリは患部を押さえて小さく吐息をついた。
「ありがと、コンラッド」
「まだ完璧に治療したわけじゃありません。至急城に戻ってギーゼラに見てもらわないと。」
「これなら大丈夫だよ。もう命の危機は脱しただろ?」
コンラッドの瞳を覗き込みそう問いかけると、彼は渋々といった感じで頷いてくれた。
それでも、怪我をしたという事実が気に食わないらしい。
ユーリが押さえている手の上から自分の手で包み込むように触れて、少し熱を持つそれを気遣わしげにそっと撫でた。
「それでも、傷が深い。今晩は熱が出ると思うから、安静に。」
ヴォルフラムにも、別の部屋で寝てもらうから・・・。
そう続けて、コンラッドはユーリの体をすっぽりと自分の腕の中に囲うと、耳元に低く囁く。
「俺が、傍にいますよ。だから安心して。」
「いや、別にその方が嬉しいけどさ・・・」
肩の傷に負担がかからない様に抱きしめてくるコンラッドの背に、自分も腕を回して。
ユーリは小さくそう漏らした。
「・・・ありがとう」
ここで礼を言うのは変だろ、と思いつつも、敢えて口には出さずに。
ユーリはふわりと微笑んで、はたと固まる。
「? どうしました?」
「・・・ねぇ、ヴォルフってさっきの竜のほうに行ったんだよな?」
「ええ、その方がいいと思ったから。あの竜は殺気立ってましたけど、それなりの力は持っていたようだから大丈夫だろうと。」
腕の囲いは解かずに、コンラッドはユーリを見下ろす。
その目は「それが何か?」と言っていた。
「まずいよ、彼女を殺しちゃダメだっ」
「殺さないようにとは言いましたから、きっと大丈夫だと思うけどな。何かあるの?」
「彼女、死ぬ気だから・・・きっとヴォルフとかち合っちゃったりしたら・・・!」
その結論に行き着いたユーリはコンラッドの防波堤から身を捩って逃げる。
その時、少しばかり患部を擦ったために激痛に襲われ、そこを押さえて呻いた。
「無茶しないでくださいっ!動くのもやっとのはずですよ?」
「でもっ!ナハトを死なせたくないんだ!お願いだよコンラッド、おれをヴォルフのところに行かせてくれっっ」
叫ぶと同時に、ユーリは掴まれていた腕を振り払い森の中へと再度駆け出した。
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