水鏡 vol.4
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 どうしたものか。
 とても嬉しい状況とは言いがたい今の現状に、ヴォルフラムは舌打ちした。

 『会ったとしても、殺さないように。』

 別れ際のコンラッドの言葉が己の行動を制限する。
 そもそも、ゾモサゴリ竜を他の竜たちと一括りにすることが間違っているのだ。
「この竜は凶暴だと、やつだって知っているだろうに・・・っ」
 憎々しげに目の前の竜を見つめて、ヴォルフラムは吐き捨てるように呟いた。
 守ると言った以上、この竜を傷つけるわけには行かない。
 コンラッドがああ言ったからには何かがあるのだろう。
「・・・っ」
 襲い来る爪攻撃をギリギリでかわして距離をとる。
「くそっ」
 避けるだけでは限界がある。
 ヴォルフラムは剣を構えなおして、ひたと目の前の竜を見据えた。
 暫しの沈黙。聞こえるのは己の呼吸音と相手の荒々しい鼻息。
 そして、木々を騒がす風の声だけ・・・。
 ――のはずが。
「ダメだっヴォルフ!」
「こふっ」
 思いも寄らぬ人物の声に、詰めていた息を上手く吐き出せずに変な風に咳き込んだ。
 思わず咽て、竜から気を逸らした瞬間に相手が動いた。
「!」
 大きく一歩を踏み出して振りかぶられた腕が、自分目掛けて襲い掛かる。
 体勢が悪すぎる・・・!
 剣で防ぐことも出来ず、ヴォルフラムは衝撃に耐えるべく身を丸めた。
 しかし、予想していた衝撃が来なくて、そろりと目を見開くと。
「・・・っユーリ?!」
 自分の目の前で両腕を広げ、竜の攻撃から己を守ろうとしているユーリの姿が目に入った。
「ユーリ!何をバカなことをっ・・・」
「ダメだ、どちらも殺させたりしない。」
 声だけをヴォルフラムに向けて、視線は目の前の竜から離さずに。
 間一髪のところで竜の爪は反れ、ユーリを傷つけることは無かった。
「・・・引くんだ、ナハト。わかるだろ?おれだよ、ユーリだよ。こいつには手を出させない、だから君も彼を傷つけないでくれ。」
 お願いだから、と。
 祈るように竜の瞳を見つめて、ユーリはゆっくりと一歩を踏み出す。
「ユーリ?!」
「ユーリ!!」
 追いついたコンラッドも、目の前の現状に瞠目する。
 一歩、また一歩と竜に近づいていくユーリに、ヴォルフラムは手を伸ばした。
 しかし、それはあっけなくコンラッドに阻まれる。
「何をするっ!」
「いいから、大丈夫だ。あの竜はユーリを傷つけないよ。」
「何を根拠にッ」
「見てれば分かるさ」
 根拠など、何もない。
 むしろ、自分とて今すぐあの竜から引き離したい衝動でいっぱいだ。
 それでも、あの時彼が一緒にいた竜だと分かれば、攻撃を仕掛けてくることはないだろうと。
 現に、さっきも寸でで攻撃を止めたのだから。
「ナハト」
 完全に竜の懐に位置する部分に立って、ユーリは頭上を振り仰ぐ。
 彼女の瞳が、まだ自分を疑っているのは分かっていた。
 だからこそ敢えて、彼女の攻撃圏内に入り込んで自分は無害だと主張する。
「・・・ナハト」
 両腕を、広げて。
 にこりと、微笑む。
「大丈夫、誰も君を傷つけやしないよ。おれがさせない。君はおれの大事な友達だ、だから・・・死を求めないで。」
 もう少しだけ、人を信じて欲しい。
 人が信じられないなら、魔族を。
 それさえも信じられないというならば、おれを。
 それはちょっとおこがましいかもしれないけど。
「おれは、まだ人を動かしたりとか、王としての威厳とか、さっぱりないけど・・・だけど、絶対に君たちを傷つけたりしないし、させない。だから、もう少しだけこの世界に付き合って欲しい。おれが絶対変えるから。傷つけ合うことのない世界を、きっと作るからさ。」
「・・・ユーリ、やはりあなたは魔王陛下だったのですね。」
 黒い瞳を、この世界で見たことなど一度としてなかった。
 最近になって、魔族の国に黒を纏う王が現れたという話が流れたが、本当かどうか定かでなかった。
 そもそも、そんなことに興味など無かったし、黒を纏う王が現れたからといって自分たちの何かが変わるわけでもない。
 関わりさえ、持つことなど決して無いだろうと思ってもいたし。
 それが、あんな形で関わり合うことが叶うなんて・・・。
「数々のご無礼をお許しください。お会いできて光栄です。」
「言っただろ?君とおれは友達だって。だからそんなことするなよっ」
 恭しく頭を垂れるナハトに、ユーリは苦笑を零した。
 近くなった頭をユーリは抱きしめて、ギュッと力を込める。
「・・・少し、時間は掛かるだろうけどさ。きっと住みやすい様にするから・・・そしたら、来てくれるかな」
 と言うか、友達なんだから気軽に来て欲しいんだけど?
 そう言って笑うユーリに、ナハトもくすんと微笑んで。
「もちろん」
 そう、頷いた。
「あ、そうだ。これやるよ」
 ユーリは思い出したようにポケットから一つの塊を取り出す。
 こちらについたときに、地球から一緒に持ってきてしまっていたボールだ。
「友達の印に。な?」
 そう言って彼女の手にボールを握らせて、また太陽のようにまぶしい笑顔を浮かべた。



 城について早々、ユーリは寝室へと押し込まれた。
「絶対安静だと、言ったはずだよ。」
「だからって、みんなと挨拶もしないで寝るなんてやだよっ」
 ヴォルフラムに後のことを任せコンラッドとともに帰城したユーリは、優秀な護衛の言うとおりすでに発熱していた。
 ヴォルフラムには自分の怪我を絶対に言うなと予めコンラッドに口止めした以上、何が何でも普通に振る舞おうと気を張っていたのに、決意した数分後には傷の疼きと熱で朦朧とし、コンラッドの支え無しでは立っていられないほどだったのだ。
 それでも、せめてギュンターとグウェンダルに挨拶だけでもと言うユーリに、有無も言わさずコンラッドは抱きかかえてベッドの中に横たえた。
「そんな状況のあなたをギュンターになど見せたものなら何をされるか・・・ああ、いや、何を『言われるか』」
「何だよ、その訂正は・・・」
 引きつった笑みを浮かべてユーリは脱力した。
 彼が心配しているのは分かるが、それでも納得がいかない。
 うーん、と唸るユーリに、そう言えばとコンラッドが話を振ってきた。
「あの魔物のことですけど」
「魔物?魔物となんか会ったっけ?」
 首を捻るユーリにコンラッドは苦笑を浮かべて。
「ほら、あなたが食べたやつ」
「ああ、あれね。あの木の実・・・・って、え?!」
「あれは木の実なんかじゃない、れっきとした『魔物』だよ。」
 そう断言してみせると、予想通りにユーリは顔を真っ青にした。
「ちょ、ちょちょちょっと待った!だってあれ木に生ってたぞ?!しかも動かないし、目や鼻や口だって無いし・・・」
「目や口はありますよ。木にぶら下がっている状態のときは寝ているから、閉じててわかりずらいけど。『カエカエの身』と言う魔物なんだよ。言っとくけど、”実”じゃなく、”身”ね。」
 いちいち解説しなくてもイイデス・・・。
 ユーリは改めて口に入れたあの物体を思い出しうぷっと口を押さえた。
「よく木の実と間違って食べる者が多いんですよ。それで、やつは体内に入ると細胞を変化させて、いろんなものに姿を変えるという特質があって。因みに何の生物に変化させられるかはランダムです。」
「・・・そゆことは早く言ってよ・・・」
 うぅ・・・と呻くユーリにコンラッドは苦い笑みを浮かべる。
「まさか最も『カエカエの身』が生息するあの湖に落ちるとは思ってなくて、説明をしていなかったんですよ。元々あの湖周辺は立ち入り禁止区域ですから、そうそう行くことはないだろうと踏んでいたのに」
 すみません、と頭を下げる。
 それに慌てたのはユーリだ。
「いや、別に謝ることはないよっそれだったら仕方ないんだしさ!もしかしたらギュンターが教えてくれたのかもしれないけど、おれが聞いて無かったかもしれないしっ」
「いえ、それでも早く見つけられなかった俺の責任だ。すみません、ユーリ・・・」
 異様に落ち込んでいるコンラッドに、ユーリはどうしていいのか分からず。
 暫く考え込んで、小さく溜め息を漏らした。
「あー、もうっ!」
「ユーリ・・・?」
「言っとくけどなっ、この傷はあんたのせいじゃないし、今回こうなったのも絶対にあんたのせいじゃないからな!?関係ないことでまで自分責めるのはやめろ!」
 わかったか!とコンラッドを睨みつけ、怪我を負わなかったほうの腕を上げてコンラッドの胸倉を引っつかみ引き寄せる。
 そして、ちゅっと触れるだけの口付けを落として。
 突き飛ばすように離すと彼に背を向けて布団の中に潜り込んだ。
 暫く唖然としていたコンラッドだったが、指で己の唇を撫で、ふわりと笑みを零す。
「・・・ユーリ、もう一回」
「聞こえないっもう寝るんだから話しかけるなよ!」
「やです。ねぇ、ユーリ」
 潜り込んだシーツをそっと捲って、露わになった耳朶をパクンと食む。
「――ッ!!」
「ユーリ」
 ありがとう、と。
 囁くような声を聞き入れて、ユーリはちょっとだけ目を細めて微笑んだ。




 ・・・そういえば、コンラッドも『カエカエの身』を食べた経験があるっぽかったのだが。
 どんな経緯で食べることになったのか、そして何の生物に変わったのかいずれ聞き出そうとユーリは心の中で思った。




 +END+




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