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「・・・ねぇ、何処まで行くんだ?」
森の中を歩く足を止めずに、前を進む彼女へ問いかける。
「・・・」
返答はせず、彼女は辺りをきょろきょろと見渡して、近場にあった岩へとおれを招いた。
「ここまで奥深くは入ってこないでしょう。それより・・・あなたはどうしてあんなところへ?私たちの間ではあの湖に近づかないことは暗黙のルールなのに・・・。それに、坊や、親は?」
「あー・・・それがさぁ、おれ・・・」
「あら?そう言えばあなたの瞳、ちょっと普通と違うわね。」
言葉を遮られて、挙句に瞳を覗き込まれる。
ま、まさかこんな竜の間でも黒がどうとかあるのか?!
おれはビクビクと覗き込まれる瞳を見返した。・・・ちょっと腰が引き気味なのはナイショだ。
「なななななななな何?!」
「黒・・・なんて、私たちの中には存在しないはず・・・あなたまさか」
「めめめ滅相もないっおれは魔王なんかじゃっ!」
あぁぁぁあぁっおれのバカッ
これじゃ自分でばらしてる様なもんじゃねーか!
「・・・大丈夫、聞かれたくないのなら聞かないわ。」
竜は微かに苦笑うように微笑んで、ふと遠くを見つめるように目を眇めた。
「私の坊やも、生きていたらあなたくらいにはなってたのかしら・・・」
「・・・死んじゃったの? ・・・・あっごめん!」
おれが慌てて頭を下げると、彼女はいいのよ、と言ってまた笑った。
ちょっとだけ、寂しそうに。
「ええ、だいぶ前にね。・・・魔族に殺されたわ」
「え・・・?」
彼女の言葉に我が耳を疑った。
こちらの世界に来たとき、魔王と言う自分の立場を受け入れられなかったおれは「お姫様を助ければいいの、それとも竜を倒すの?」と王佐に問いかけたことがある。そのとき、王佐は竜は人間の手によって絶滅危機に陥っている、と言っていた。
その為、魔族が保護しているみたいなことも・・・。
「でも、魔族は竜を大事にしているって聞いたよ?」
「ええ、純潔魔族はね。でも・・・人間と手を組んでる魔族は違う。それでなくとも、この森は人間の土地と魔族の土地の間に位置する場所であるために双方の者が出入りしている。とくにあの湖には昔から言い伝えられている伝説めいたものがあるから・・・」
その伝説を確かめるために来るものが、後を絶たないのだと彼女は悲しげに打ち明けた。
子供を殺された痛みは、今のおれにはわからない。
それでも、実の娘でないが愛娘であるグレタを殺されたら、怒り狂うだろうと思う。
もしかしたら、殺してやりたいと思うかもしれない。
同じ思いを味合わせてやる、と考えるだろう。
それを、彼女は思わなかったのだろうか・・・?
「あ、」
そう言えば。
彼女を見上げておれは今更のように問いかけた。
「ねぇ、あなたの名前は?名前ないと不便だしさ。おれは有利、渋谷有利・・・って、苗字言ってもわかんねーよな。ユーリでいいよ」
「名前・・・そうね、『ナハト』とでも名乗っておくわ」
名乗っておく・・・と言うことは、信用されてないのかなぁおれ。
まぁ、先の言葉では魔族を恨んでいてもおかしくないのだから、致し方ない。
口の中でナハト・・・と繰り返し、おれはにっこりと微笑んで。
「いい名だね。おれこの音好きだな。」
「・・・・ありがとう」
一瞬驚きを見せた瞳は、とても嬉しそうに細められた。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに厳しい眼差しを浮かべる。
だがそれは、おれに向けられたものではなかった。
「・・・誰か来る・・・、!」
「ナハト?」
「ゴモサゴリ竜?!」
おれと彼女以外の声が、そう叫んだ。
まずいっ人間か!?
そう思って声のほうを振り返ると・・・。
「・・・ヴォルフラム?!」
「知り合いなの?」
「あ、ああ、まぁ・・・」
おれの言葉に彼女が反応を寄越したが、すぐさまおれを後退させて立ち塞がるようにヴォルフラムと向き合った。
「・・・くっ二匹相手ではこちらの分が悪い・・・っ」
「ヴォルフラム!」
続いて聞こえた声に、おれは思わず歓喜の色を浮かべた。
コンラッドだ!
だがそう思ったのも束の間、今の自分のいでたちを思い出しがっくりと項垂れる。
分かるわけ無いじゃん、おれ竜だし。
思わず頭を抱えたおれに、ナハトは鋭く叫んだ。
「逃げなさいっ!」
「え?!・・・そんなことできないよッ」
彼女の向こうに立つ二人を見ておれは顔を顰める。
抜き身の剣を翳すその人は、おれの知る人物じゃない。
殺気を臭わせ、刃向かえばすぐさま斬りかかってくるだろう。
「やつらの剣術は半端じゃないんだ、・・・おれが知る限りではこの国で上位ランクだし」
と言っても自分が残ったところで何が出来るわけでもないが。
「だから一緒に・・・、っナハト!?」
言い終わらないうちに、彼女は頑強そうな爪を彼らに振り下ろした。
戦い慣れているコンラッドはもちろん、武士だけあってヴォルフラムも危なげなくそれをかわす。
1撃目を難なくかわされたナハトはすぐに2撃目を繰り出すことなく後退して、おれをさらに森の奥へと押しやった。
「あなたにはまだこの先がある。いいから逃げて」
「やだよっあんたにだってまだ未来があるだろう?!いいから、一緒に逃げよう!」
「お願いよ、坊や。私は死に場所を求めていたの、これは契機なの。あなたの気持ちは嬉しいけれど・・・」
「んな勝手を、おれが許すと思うかよ・・・っ、!」
ナハトの手を腕を口で掴んで己の方へと引っ張る。が、嫌なことにヴォルフラムの剣が彼女に斬りかからんと振り下ろされた。
そこからはもう、咄嗟の行動で。
気付いたときには・・・彼女を庇うようにヴォルフラムとナハトの間に割り込みその剣を自身で受け止めていた。
「ユーリっ!」
流石に半端ものだけある。
鱗はズタズタに引き裂かれ、深々と斬りつけられた傷口からは夥しい量の血が流れ出てきた。
「ユーリ、どうして・・・っ」
「だ、から・・・勝手に、死ぬのは、許さないって・・・いっ・・・た、だろ?」
痛みを堪えながら絶え絶えの言葉を紡ぎだす。
一撃で仕留められなかったと分かったヴォルフラムが、体勢を立て直してこちらを見据えている。
・・・竜は、大事なんじゃなかったのかよ・・・
今にも飛びそうな意識を何とか持ち堪えて、おれはナハトの体を鼻先で押しやった。
逃げろ、と。
「お、れが、何とかする・・・から、逃げろ・・・」
「何をバカなことをっ」
「いいから!」
渾身の力を込めてその体を突き飛ばすと、構えるヴォルフラムに突進した。
まさに捨て身の攻撃だ。
だがしかし、剣でおれの攻撃を受け止めようとしたヴォルフラムを、何を思ったか名付け親であるコンラッドは横へと突き飛ばした。
「っ・・・な、にをする、コンラート!」
「竜を傷つけないためだ。絶滅寸前の種族には間違いないんだからな、殺してしまってはだめだろう?」
そう言って、コンラッドはヴォルフラムに手を差し出した。
「いきなり突き飛ばしてしまって悪かった。」
「ふんっ」
己の矜持のためか、その手を取らずにヴォルフラムは立ち上がった。
そうして改めておれを見上げてくる。
「だからと言って、かわしてばかりでは埒があかないぞ。やつらは僕たちの息の根を止めようと必死だろうからな。」
「・・・そうかな」
コンラッドは何を思っているのか、つとおれを見つめてきた。
その銀色の虹彩を散らした薄茶の瞳が、おれの傷口を見て僅かに眉根を寄せている。
・・・・気付いて、いるのかな。
コンラッドなら、どんなに変わり果てた姿でも、気付いてくれるだろうか?
こんな姿のおれでも、『渋谷有利』だと、分かってくれるかな。
「・・・とにかく、今は陛下の捜索が最優先だ。もう一度手分けしよう。この竜には殺気が感じられないからこれ以上襲いかかってくる事もないだろうさ。さっきの竜に会わないようにして向こうを探索してくれ。」
会ったとしても、殺さないように。
そう付け足すと、コンラッドはヴォルフラムの背を押しやった。
始めは何故に僕が命令されなければならないんだ!と喚いていたが、結局鼻息荒く去って行った。
そうして。
静かになったその場には、おれとコンラッドの二人だけが残される破目になる。
「さて、俺はもう一度湖の方を見に行くか。・・・あなたも来る?」
そう言っておれを見上げ、小さく首を傾げた。
自身の肩辺りをトントン、と示してまた言葉を紡ぐ。
「・・・そのままじゃ命に関わる。湖で傷口を清めて、手当てしないと」
聞き様によっては酷く素っ気無い。だが、その目は有無を言わせぬ迫力があった。
拒んだとしても無理やり引っ張っていきそうな、・・・元々拒むつもりも無いが。
にゃーと、一つ鳴くと、彼は小さく微笑んだ。どことなく安堵の色を混ぜて。
「歩ける?・・・と言っても俺には担げないから、無理にでも歩いてもらうしかないんだけど・・・」
コンラッドは困ったように笑って、ゆっくりと歩き出した。
やっぱり・・・気付いてるよな。
青年の背を見下ろしながら、おれは胸中でそっと呟いた。
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