遠い約束11



 二人が脇道に姿を消したのを唖然と見送って、取り敢えずコンラッドは言われたとおり先へと進んだ。
 あのままあの場所で待っていようかとも思ったのだが、フードを被った少年――村田と呼ばれていた――の言葉に何故か逆らうことが出来なかった。
「・・・・」
 鳥の囀る森の中を、コンラッドは黙々と進んでいく。
 すると、突然目の前が拓けて一つの湖が見えた。
 その湖と森の境目――つまり自分が向かう少し先に、村田と同じフードを被った長身の男と、自分のよく知る人物が立っていた。
 知らず気配を殺しながらコンラッドはその二人に近づいて行く。
 向こうはまだこちらの存在には気づいていないようだ。
「・・・・ですか。では彼は・・・・」
「ああ、彼女と同じ思想を持ち、その趣くままに進んでいってるよ。我々にとって、彼は何よりも大切な希望だ。本当ならもっと早くに迎えに来たかったんだが・・・」
 途切れがちに聞こえていた声が、次第にはっきりと聞き取れるようになる。
「・・・まさかあいつと一緒に居るなんて・・・。」
「予想してませんでしたか?」
「まぁ、ね。大人しくしている方でもないのは元より知っていたけれど・・・まさかこんな世界でまで関わり合っていたなんて」
 まったく、と言うように男はゆるりと頭を振った。
 それを見て、ウルリーケが楽しそうに笑う。
「あの方がこちらに残ると、そう仰ったらあなたはどうするおつもりですか?」
「もちろん、無理矢理にでも連れ帰るさ。」
「あの方の意思を尊重せずに?」
「ここは、彼には辛すぎる。それに・・・」
 男の言葉が途切れ、す・・・と視線がこちらを射る。
 気づかれたか、とそう思う間もなく。


「彼の存在なしに、俺の存在は有り得ない。互いに必要不可欠な存在なんでね」
「・・・っ!」


 それはまるでこちらを挑発するかのよう。
 フードに隠された目元が、どこか嘲るように歪んでいる気がして。
 そして、見える口角がくっと持ち上がった。
「貴様・・・っ」
「きゃぁっ!」
「下がって、ウルリーケ」
 男は片手でコンラッドの剣を受け止め、空いている手でウルリーケを庇う。
 その様子に小さく舌打ちして、コンラッドは剣の刃を強く押し返した。
 ガキィ!と鈍い音と共に、互いの間合いが広がる。
「いきなり攻撃とはね。」
「お前・・・ユーマとどういう関係だ?!何故お前に彼の意思を束縛する権利がある!」
「それを君に答える義理は無いと思うが」
「答えろ」
 言うが早いかコンラッドは柄を握り直し、再び胴を狙って斬り込んでいく。
「そんな無闇やたらに突っ込んできたところで、俺を殺せると思っているのか?」
「くっ・・・」

 力の差が、歴然としていた。
 自分の力を過信しているつもりは無い。
 だが、それなりに戦場を駆け抜け、経験・実践共に場数は踏んできたつもりだ。
 それなのに。

「・・・・こんなに荒んでたのか」
「?」
 ポツリと零れ落ちた言葉に首を傾げる。
 だが、ウルリーケはその言葉の意味を理解したのか、微かに苦笑を口元に浮かべて頷いた。
「ええ、それはもう。手の付けられない獅子と言う感じでしたよ?」
「参ったな」
 庇うウルリーケの返答に、男は肩を竦めた。
 コンラッドには二人の会話の内容がさっぱりわからない。
 ただ、その和やかな雰囲気とはかけ離れて、互いの間には緊張感だけが漂っている。
 そう、こうして穏やかな風体を醸し出していながら、目の前の男は一瞬たりとも隙を見せていないのだ。

 ギチリ、と手の中で握った柄が音を立てた。
 その格差に、異様な苛立ちを覚える。
 まるで・・・そうまるで、この格差が故に『お前は彼には不釣合いだ』と言われているようで。
「・・・・」
 ゆっくりと目を閉じ、一旦世界から己を閉ざして再び瞼を持ち上げると。
 男は緩やかな笑みを浮かべたまま、泰然とその場に佇んでいる。

 『かかって来い』

 唇の動きが、そう形作った。
 瞬間、息を吸い込むと同時に互いの足が地を蹴る。





「止めろっ!」
「なっ・・・!?」
「っ・・・」





 響く声と躍り出る影が重なる。
 あの時と同じだ。
 あの、雨が降った夜の出来事と――。

 ギリギリで剣先の軌道を変え、コンラッドは大きくよろめいた。
 その視線の端に。
 飛び出した影を己の懐に包み込んだ男が、その腕の中の者に声を荒げていた。
「危ないでしょうっ!!どうしてあなたはそうっ」
「だ・・・て、そうしないと二人とも怪我だけじゃ、済まなそうだったろ・・・?」
 男の腕の中からゆっくりと持ち上げられた顔は、どことなく拗ねているようで。
 元気そうなその様子に、フードの男が安堵の息を吐いたのが解った。
 と、次の瞬間男は腕の中の少年を強く抱きすくめていた。
「会いたかった・・・っあなたが消えて、どれだけ心配したか!」
 すぐにでも追いかけて来たかった、気が狂いそうでしたよ、と。
 囁いて男がユーリの頬に口付ける。
 見る見るうちにユーリの漆黒の瞳に透明な雫が盛り上がった。
「お・・・れも、会いたかった・・・あんたに会いたかった・・・っでも、会え・・・なくてっこんな知らない場所に・・・一人でっ」
 ヒクン、と一度大きく慄くと、溜まった雫は一気に溢れ出して。
 子供のように泣きじゃくるユーリの頬を男は何度も撫で、涙が溢れる眦にもキスをした。
「陛下・・・」
「・・・へーか、言うなよ、名付け親のくせに・・・っ」
「じゃぁ、坊ちゃん?」
「っ・・・イジワル!」
「"ユーマ"と言う名では、呼びたくないんです」
 呼んでしまったら、彼と同じでしょう?と。
 その裏に隠された想いを、ユーリは敏感に感じ取った。
 それ故に、可笑しそうに微笑んで。
「・・・バカ、何嫉妬してんだよ」
「あいつだから、余計に嫉妬するんだよ」
 その子供っぽい言葉に更に笑みを深くする。
 ゆっくりと身体を起こし、真っ直ぐに目の前の男を見つめた。
 自分の知る、短く刈り上げられたダークブラウンの髪。
 星の瞬きをその目に閉じ込めてしまったような、薄茶の瞳に銀の虹彩。
 緩やかに持ち上げられた唇は、何度訂正しても懲りずに自分の役職を形作る。

 やっと、会えた――。

 再びその腕に身を委ね、そこで男が自分の傷口を撫でているのに気づく。
「あ・・・そ、っか。記憶、」
「ええ、思い出しました。まだ痛むでしょう・・・?」
 まるで自分がその傷を負ったかのように痛々しい表情をする男に、ユーリは苦笑浮かべた。
「へーきだって。まだ右腕は動かせないけどな」
 それからふと辺りを見渡し、呆然と自分たちを見つめている二人に気づくとユーリは慌てふためいた。
「あ、あのっこれには色々とふかーい訳がっ」
 赤い顔をしつつ離れるユーリに、また男は微笑みを浮かべたような気がした。
「ユーマ」
「あのっあのなコンラッドっ・・・・・、って、あーっ!!そうだよ二人とも!何であんたたちが闘わなきゃいけなくなったのかは知らないけど、これは村田の陰謀で!ってか、兎に角剣戻してっほら、鞘に収める!」
 走りよってきたユーリに剣を奪われても、尚コンラッドは呆然とそんな少年を見つめていた。
 だが。
「・・・ぅお?!」
「ユ、ユーマっ?」
「な、何であんたらこんな重い剣軽々と片手で持ってんだよ・・・っ」
 両手で剣を持ちながらよろめくユーリを、いつの間に近寄ってきていたのか、フードの男が支える。
 それからやんわりと剣を取り上げた。
「いつも持たせているのは女性用の剣ですからね。モルギフだってどちらかと言うと軽いほうですし。あ、ほら、右腕に負荷かけないで。悪化するから」
 つい動かしてしまう右腕を、男はそっと掴んで下ろさせた。
「う・・・、あんたのも同じくらいの重さ?」
 一瞬顔を顰めて、すぐに好奇心の目を背後に向ける。
 少年の問いかけに男は頷いた。
「個人の体格によって長さも重さも異なるので。と言うことだから、この剣は返すよ。俺が持っていても仕方がないからね。」
 差し出された剣を受け取り、そのままコンラッドは男の顔へと視線を向けた。
 一瞬だけ見えた顔に、コンラッドは目を見開く。

 銀の星屑が散らばる薄茶の瞳。

 それは、自分の家系でしか見られない特有の眼だ。
 そしてその容貌は酷く自分と似ていた。
「さて、そろそろいいかな?」
「あれ?村田、いつの間に来たの?」
「酷いなぁ。親友の僕を置いていった挙句に、その仕打ちっ」
 酷いと思わないかい、ウルリーケ?と泣きまねをしつつ、村田は湖へと近寄っていった。
 ウルリーケと並び、湖を見つめると俄かに湖面が輝きだす。
「さぁ、時間だよ。渋谷」
 静かな声が、けれど最後だと告げている。
 背後に立っていた男もユーリから離れ、湖へと歩いていく。
「ユーマ・・・」
「お別れ・・・だな、コンラッド。今までありがとう」
「ユーマ・・・っ」
 そっと、壊れ物を扱うかのようにユーリを抱きしめる。
 それに応えてユーリも左腕をコンラッドの背に回した。
「あんたが思ってるほど、あんたは独りなんかじゃないって知ってた?・・・大丈夫、いろんな人があんたを見てる。あんたを心配している。おれも・・・あんたのことをいつも想ってるよ、だから」
 ゆっくりと身体を離し、ユーリはコンラッドの頬に掌を滑らせた。
 慈しむように何度も何度も撫でて、そうしてユーリは微笑んだ。
「心を閉ざさないで、独りで何もかも耐えないで。そしていつの日か必ず、・・・・必ずまた会おう」

 それは約束。
 決して違えることの無い、次元を超えた未来(さき)で果たされる約束。

「・・・分かった、必ず」
 澄んだ黒曜石を見つめ、そっと触れ合わせる唇。
「一つだけ、ユーマ・・・君の、名前を」
 重ねた唇を僅かに離し、それに指を這わせて。
「・・・この国ではさ、夏を乗り切るから7月は祝福されるんだってな」
 そして、悪戯っぽく眼を細めるユーリ。
「7月29日、それがおれの誕生日」
「7月・・・・・なるほど」
 頷いてコンラッドは再びユーリを抱きしめ、そっと耳にその名を囁いた。
 愛しい、大切なその名を。
 
 そんな二人を見つめ、村田は楽しそうに口の端を持ち上げた。
「心中穏やかじゃないだろう、ウェラー卿?」
「・・・それはどっちに対して言っているのでしょうか、猊下?」
 隣を見上げれば、フードの下からそれはもう不自然なほど爽やかな笑みが向けられている。
 しかしそれにもおくさないのがダイケンジャー。
「そういう笑顔は僕にじゃなくて渋谷に向けてあげなよ。ほら、戻ってきた」
「お待たせ!」
 駆け寄ってきた身体を、男は両腕を広げて抱き込んだ。
 そうして力の限り抱きしめると、子供を抱き上げるようにユーリのお尻の下に腕を宛がい、ぐいっと引き上げた。
「うわっちょ・・・何?!」
「男の嫉妬は醜いよ、ウェラー卿?」
「何とでも」
「つーか何なんだよ?!コ・・・じゃなかった、カクさん?降ろせって・・・あっ」
 じたばたと暴れるユーリの腕が男――カクさんのフードに引っかかり、ぱさりと音を立てて後ろへ落ちた。
 ふわり。
 柔らかそうなダークブラウンの髪が風に靡く。
「わぁーっっご、ゴメン!"コンラッド"!!」
 ユーリの口から零れ落ちた名に。
「え?・・・俺・・・?」
「あちゃー」
 コンラッドは呆然とユーリたちを見つめ。
 村田は額を押さえて肩を落とした。
 しかし事の重大さにまったく気づいていないユーリはと言うと。
「あ、当たっちゃった?大丈夫?!」
「大丈夫、フードに当たっただけですよ。それよりも、」
「? ・・・んっ」
 啄ばむように口付けられ、ユーリは思わず眼を瞑った。
 何度かそれを繰り返されると、思考は甘美な刺激に蕩けだす。
「そこのバカップルー、いちゃこくのは向こうだけにしてくれないかなぁー?」
 皆さんが困ってますよー。
 異様に間延びした声が二人の世界に割り込んだ。
「――っ!!」
「おや、それは失礼」
 いたんですか?と言わんばかりに笑みを浮かべる青年。
 対して顔を茹蛸よろしく真っ赤にした少年。
 正反対の反応に、傍から見ている立場の村田としては・・・楽しい。
「あ・・・あんたなぁっ」
「でも、フードを取ったほうがしやすいでしょう?"キス"」
「☆△×※#Я〜っ!!」
 ぺろりと唇を舐められ、声にならない悲鳴を上げたユーリは背後を振り返った。
 そこで。
「・・・・」
「・・・・えーと」
 視線のかち合った二人は暫し見つめあい。
 固まったままの『若獅子』から視線を逸らしたユーリはそのまま村田を見遣る。
「・・・なぁ村田」
「なんだい?」
 からくり人形のように村田のほうへ首を回し、引き攣った笑みを浮かべるユーリは。
「お・・・おれ、口走っちゃった?こいつの名前、言っちゃった?!」
「口走るくらいならまだ可愛いんだけど、叫んじゃったからねぇ」
「うわーっど、どうしよう?!」
「・・・仕方ない。ウルリーケ、後は頼んだよ」
「お任せください。きちんと術は施しておきますよ。」
 だからそんなに心配しないで、陛下。
 現代でも変わらないその微笑で、ウルリーケは頷いた。
 僅かに不安を拭えぬ表情を浮かべつつも、ユーリは「お願い」と言った。
 そしてもう一度、背後を振り返る。
「コンラッド・・・約束、忘れんなよ?」
「ユー・・・マ、君は一体」
「それはいつかのお楽しみっ・・・てね!」
 満面の笑顔を、今まさに上りつつある太陽のような笑顔を浮かべて。
 地に降ろされたユーリは自分と酷似したその男――コンラッドと未だフードを被ったままの少年、村田と共に湖へと歩を進める。
 瞬間、光が三人を包み込んだ。
「ユーマ!必ずっ必ずまた会おう!」
「うんっ絶対だぞ!」




 そして。
 光の中から手を振り、「じゃあなっ」と言う声を残して、三人は跡形も無く消え去った。


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