| 遠い約束12 |
「――ぷはぁっ」 ゲホッ!と大きく咳き込んでユーリはプルプルと首を振った。 「あーあー、そんなに首振ったら目が回るよ?渋谷」 「ほぇ?ぅおあっ」 くらりと体が傾ぐ。 だが、それはすぐに暖かな腕で支えられた。 「大丈夫ですか?陛下」 「へ、陛下言うなってば名付け親・・・」 ふらつく頭を押さえつつ、ユーリはいつものようにそう言った。 今度はコンラッドもいつもと同じ返答を返してくる。 「すみません、ユーリ。つい癖で」 そう言って、コンラッドは目の前に建つ人物へと視線を向けた。 「・・・陛下、猊下、そしてウェラー卿、お帰りなさい」 「ウルリーケさん!ただいまっ」 「ただいま、ウルリーケ」 彼女の両脇に佇む2名の巫女が、真っ白なタオルを手渡してくる。 それを受け取ったコンラッドはユーリの頭に被せ、強めに拭っていった。 「いいって・・・っコンラッドこそ拭けよ!」 「あなたが先です。風邪引いたら大変だし、それにその右腕では思うように拭けないでしょう?」 「う・・・」 確かにそうだ。 ユーリは渋々されるがままに身を委ねた。 「疲れているでしょうから、詳しい話は後日に。まずはゆっくりと休んでください」 「そうさせてもらうよ。ギーゼラは居るかな?」 「血盟城の方に待機させています。陛下の傷のことは分かっていましたから・・・」 ウルリーケはコンラッドに向けていた視線をユーリへ移し、痛ましそうに、そしてすまなそうに表情を歪めた。 「すみません、陛下・・・このような怪我まで」 「ウルリーケさんのせいじゃないんだから、気にしないでよ。それにこの怪我は自分の責任だしさ。」 「しかし、」 「あなたのせいじゃない。ね?」 にっこりと、ユーリは安心させるように自分よりも年下に見える、年配の少女を見下ろした。 それでウルリーケも微かに笑みを浮かべた。 「さぁ、ユーリ。」 「あ、うん。村田はどうする?」 「僕はちょっと用があるから残るよ。その怪我、早く治してもらうように」 「大丈夫だって。」 じゃぁ、と手を振り、ユーリとコンラッドは用意されていた2頭馬車に乗り込んだ。 それを見送り、村田はゆっくりとウルリーケに向き直る。 「それで?ウルリーケ。困った王様は何か言ってた?」 「・・・いいえ、何も。私から問いかけることは憚られましたので・・・。」 「だよねー。・・・まったく、あの気まぐれはどうして渋谷にちょっかいを出すんだか・・・」 軽さの混じった言葉とは裏腹に、その表情は険しい。 「少し叱らないといけないかな」 +―+―+― 「怪我の具合はどうですか?」 「うん、もう全然平気。やっぱりギーゼラさんは凄いなぁ」 軽く振って見せて、ユーリは目元を綻ばせた。 捻挫のときと同じく、当分は負担をかけたり無理な動きは出来ないが、数週間もすればまたいつものようにキャッチボールなども出来るようになる。 それがギーゼラの治療後の言葉だった。 「暫く出来ないのは残念だけど、でもずっと出来なくなるよりはいいもんな。」 「そうですね。さ、お腹が空いているでしょう?簡単なものを作ってきましたから、どうぞ。」 ベッドサイドにテーブルを引っ張っていき、コンラッドはその上に持ってきた盆を置いた。 そこには湯気が立つスープと、雑煮のような、米と野菜とが煮込まれたもの。 「うわぁ・・・、これもしかしてコンラッドが作ったの?」 「ええ、あまり凝ったものじゃないですが、これだと地球の食べ物に似てるだろうと思って」 スプーンに一口分だけ掬い取り、ふーっと息を吹きかける。 幾分か冷めたのを確認して、コンラッドはそのスプーンをユーリの口元に差し出した。 「はい。」 「どうも、・・・って、ちょっコンラッド。おれ自分で食べれるよ?」 「いいから。ほら、あーん」 「・・・・」 ちょん、とスプーンの先が唇に触れる。 コンラッドを上目遣いで見遣れば、それはもう楽しそうに微笑んでいる。 これ以上拒んでも、恐らく彼が折れることはないだろう。 「・・・あーん」 お腹の虫も自己主張をしていることだし、ここは早々に折れるに限る。 差し出されたスプーンにぱくりと食いつくと、そっとスプーンが引き抜かれた。 「どう?」 「んっおいひぃ!」 もぐもぐと咀嚼を繰り返し、十分に噛み砕いたそれをユーリは飲み込む。 そして後はもう、何も言わずに差し出されるスプーンに夢中になった。 「ご馳走さまでした」 「お粗末さまでした」 両手を合わせてお辞儀をするユーリに、コンラッドはくすりと笑って答えた。 食器を廊下に居たメイドに手渡し、コンラッドはすぐにベッドに座っているユーリの元へと戻る。 「少し休んだらどうですか?」 「でも眠くないし、」 「目の下に隈が出来てるのに?昨日の夜ちゃんと寝ましたか?」 「えーっと・・・」 そろりと視線を外す主に、コンラッドは深く溜息をついた。 「え、ちょっわわっっ」 「はい、横になって。眠らなくてもこうしてるだけで違うんだから。」 半ば強引にベッドに寝かせると、ベッドサイドに腰を下ろしユーリの髪に指を埋める。 さらり、さらり。 滑らかなその感触を楽しむかのように、何度も梳く。 それを目を眇めて甘受していたユーリが、ふと口を開いた。 「それにしても、あんたの言っていた少年がおれだったとはなぁ」 「俺も驚きました。こんな偶然があるなんて・・・って。」 「ホントだよなー。あ、でもあの後ウルリーケに記憶消す術施されたんだろ?」 はっと目を見開いてこちらを見上げてくる瞳は、微かな不安に揺れていた。 それを安心させるかのように額に口付けを落として、コンラッドは頷いた。 「ええ、でもそれは城に戻るまでに徐々に消えていく方法で。・・・あなたの記憶が少しずつ消えていくのが、とても辛かった」 「コンラッド・・・」 ころん、とユーリの隣に体を横たえ、その小さな体を抱き寄せた。 「そして城に戻ってすぐに、俺は眞王廟へと呼ばれた。・・・あなたの魂を地球へ運ぶためにね。」 ピクリと動きを止めたユーリの背を、ゆっくりと撫ぜる。 「あなたと過ごした日々を思い出したのは、あの時――あなたが過去に行く直前に中庭で話したときに少しずつ思い出したんです。あの時までは、本当に微かにしか思い出せなくて・・・でも、あなたの居場所をウルリーケが知らせてくれたとき、記憶は一気に蘇った。恐らく、ウルリーケが施した術自体そんなに強力なものではなかったのでしょう。」 「じゃぁ・・・最初に向こうで会ったときには、もう思い出してたんだ?」 「ええ。だから彼の気持ちも、俺にはよく分かった。それでも・・・」 それでも、彼に対する嫉妬は抑えられなかったけれど。 囁くようなその言葉に、ユーリが腕の中で苦笑したのが分かった。 「ホント、バカだよなあんたら。自分自身に嫉妬してるんだもん」 「仕方ないでしょう?例え自分だとしても、あそこにいたのは今の俺じゃなく過去の俺。持ち合わせる心はまったく違うんですから」 目の前にある黒髪に頬を摺り寄せ、唇に触れた一房をぱくん、と食む。 「あっこら、人の髪食うなよ」 「食べて欲しそうにしてたので」 んなわけないだろ?!と顔を跳ね上げさせたユーリの唇に、己のを押し付けて。 「んっ・・ふぁ、はっ」 「・・・凄く心配した。猊下が、あたなは地球には戻っていないと・・・。猊下が目の前に居る時点で、それは証明されていたから」 何処にも居ない、自分が存在するこの世界の何処にも、あなたがいない。 そう考えただけでどれほど気が狂いそうだったか。 表面では平静を装っていても、心の中は不安と焦りで荒れ狂っていた。 「それでも、俺の気が狂わなかったのは記憶の中に居たあなたの笑顔があったから。そして、記憶が戻ってからはその事実が、俺を支えてくれた。あなたは元気だと。」 「コ、ン・・・ラッド」 きつく抱きしめられて、ユーリはただ何も言えず応えるようにコンラッドの背に腕を回した。 それで彼を安心させることが出来るなら、いくらでも。 「おれも・・・帰りたくてあんたに会いたくて、凄く辛かった・・・。自分の知らない時代で、周りに居る人は誰も自分を知らなくて。あんたでさえ、おれのことは分からなくて・・・」 ただ、それでも彼は彼で。 言葉遣いや言動はまったく違うけど、安心感を与えてくれたのは彼だけだった。 彼の匂いが、今のコンラッドと変わらないと教えてくれた。 「何処に居たって、おれは結局あんたに守られてるんだよ。どんな時代でも、どんな場所でも」 そして最後には、この腕の中に帰ってくる。 「・・・約束、ちゃんと覚えててくれて嬉しかった」 「ユーリ」 「言っただろ?"いつの日か必ず、また会おう"って。ちゃんと約束守ってくれた、守ることが出来た。それがおれは凄く嬉しいんだ・・・」 最初に向こうで会ったとき、彼はとても辛そうだったから。 いつかその表情が晴れやかに、笑顔が絶えないようになればと心から望んだ。 そして、今目の前に居るコンラッドは、とても穏やかに微笑んでいる。 願いは叶った。 想いは届いた。 自分と言う存在が、彼に笑顔を与えられるならいくらでも差し出そう。 「ユーリ、今なら答えを貰えるだろうか」 「ん・・・何?」 「"俺は君が好きだよ"」 「――ッ!」 コンラッドにしては遠い過去に。 ユーリにとってはついこの間に。 互いに記憶にあるその言葉に、最初に驚きの表情を零したユーリは、あの林の前で浮かべた、今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの表情で。 「バカ・・・。おれも・・・おれも好きだよ、コンラッド」 世界中の誰よりも、何よりもあなたのことを。 どんな時代でも、君だけを。 遠い昔に交わされた約束。 何があっても、再び廻り合い、あなたの元へ戻ってくる――。 Fin... |
やっと終わった・・・。 長い間お付き合いくださいました皆様っありがとうございました!! これにて「遠い約束」終了ですw と言いつつエピローグとかなんやかんやで番外編とか書いてたりして・・・(苦笑) 取り敢えず本編はこれにておしまい。 書く機会があったらまた書きたいなぁ、若獅子w |