遠い約束10



 たくさん話をした。
 様々なことをたくさん。
 取り留めのないことばかりだった。
 あの人の料理は美味しかったとか、この人は物知りだよねとか。
 一緒に居られる時間を大事にしたいから、一晩中起きて。
 眠ることのないベッドの上で、二人で互いの身体を抱きしめながら睦言のような会話を繰り返した。
「あ・・・」
「ユーマ?」
「・・・鳥の声が聞こえる」
 言葉と一緒に愛用のデジアナ時計に目をやると、日の出まで後30分。

 決断のときが、迫っている。

「ユーマ・・・」
 離したくないと、全身で訴えるかのようにコンラッドが強く抱きしめてきた。
 だがユーリはそれに応えず、ただ彼の背をあやすようにポンポンと叩く。

 ユーリの中で、答えなど当に出ているのだ。
 村田にも伝わっているように、最初から一つしかなくて。

「好きだよ、コンラッド。だから連れてってくれないかな・・・約束の場所へ」
「ユーマ」
 コンラッドは聡い男だ。
 誰よりも視野を広げ、誰よりも多くの可能性を見つけ出し、それに見合った答えを的確に導き出す。
 それは何よりも自分が知っている。
 だから彼は気づいたはずだ。自分が下した決断の結果を。
「・・・わかった。連れて行ってあげよう」
 ベッドから身を起こし、コンラッドは儚い笑みを浮かべた。


 ―+―+―+―


 コンラッドの愛馬、ノーカンティーに身を乗せて、緩やかな丘を進む。
 もう少しで目指す森の入り口が見えてくるはずだ。
 二人は前だけを見つめて進んでいたが、ふとユーリが城下のほうへ視線を向けた。
「う・・・わぁー・・・っすご・・・コンラッド!あっちっ、あっち見て!!」
「何?ユーマ・・・」
 しきりに自分の袖を引く少年を見下ろしてから、指されたほうへ目を向ける。

 言葉を失うと、そんなことが本当にあるのだなと思考の片隅で思った。

 城下の向こうから今まさに顔を出そうとする太陽の欠片。
 その眩いばかりの光が、自分たちを照らす。

「・・・きれいだよな」

 光の塊を見つめたまま、ユーリはポツリともらした。
 自分の胸のところにあるコンラッドの腕を、きゅっと握る。
「こういう綺麗なものを見て、『綺麗だ』って感じるのは、確かにおれたちが生きてるって証なんだよ」
「?」
 いまいち意味が図り取れなくて、コンラッドは目の前のフードに覆われた頭を見つめた。
 それに気づいてか、黒い双眸がこちらを振り仰ぐ。
「たとえ心臓が動いていたって、心が動いてなきゃそれは死んでいるのと同じだと思わない?あんたは戦地から生きて帰ってきたけど、ジュリアさんの死で心が死んじゃうんじゃないかって恐かったんだ。おれと初めて会ったとき、凄く辛そうだったから・・・」
「だから」

 だからあの雨の夜、危険を承知の上で城下まで来たのか。

 怪我をして朦朧とした意識の中呟かれた言葉と、今はっきりといわれた言葉が重なり合った。
「どうして・・・どうしてジュリアのことを?」
「うーん、それって言ってもいいのかな・・・?やっぱり未来に関わる事だし、いずれ解ることだから黙っていたいんだけど・・・」
 取り敢えず急がない?と先を指差した。
 納得いかないような表情をしつつ、それでもコンラッドは小さく頷いた。
 森の入り口まで行くと、そこには朝焼けの太陽に照らされて一人立つ姿があった。
「来たね」
「もちろん」
 フードの下で、緩やかに目元を綻ばせたのが気配でわかる。
「ユーマ」
 呼びかけに応えて左腕を伸ばす。
 傷口に触らないよう、彼は馬上から静かにユーリの身体を降ろした。
「・・・あいつは?」
「湖に置いて来た。連れてきたら君、飛び付いていきそうだしね?」
「なっ・・・そんなことしねーよっ!!」
「まぁ、それは冗談としても。湖にウルリーケを待たせているんだ。凄く心配してたんだよ?会ったら謝るように」
「いっ・・・はーい・・・」
 ピンッとおでこを弾かれて、痛むそこを擦りつつユーリは頷いた。
 それにしても、と村田は話題をユーリの左隣の人物へ移す。
「よくもまぁ、こんなからあんなに丸くなったもんだよねぇ。君のパパさんは偉大だよ」
「それは俺も思ったけど・・・おれの親父は別に何もしていないと思うぞ・・・?」
 そう、してやったことといえば野球の楽しさを教えてくれたり、やけに寒い親父ギャグを教えてくれたことぐらいで。
 だが。
 勝馬の言葉が絶望の淵に立たされていた彼を救ってくれたのだとしたら、それはどんなに感謝してもしたりない。
 こんなにも荒んだ心を救ってくれたのなら、ほんのちょっとだけ、休日付き合ってやってもいいかなと思った。
「まぁこれでも会った時よりかはだいぶ丸く・・・・・・・・・・・って、村田?」
 突然歩みを止めた村田に、ユーリもコンラッドも立ち止まる。
 振り返ったそこには、微妙に顔を顰めている村田。
「どうかしたのか?」
「そういえばそっちの問題もあったんだっけ・・・。渋谷、ちょっとこっち」
「へ?わわっ何?!」
「ユーマっ」
 近づいてきたユーリの左腕を引き寄せ、くるりと村田は方向転換した。
 焦って駆け寄ってくるコンラッドに、村田はにこりと微笑む。
「ああ、君は先行ってて、ウェラー卿。僕たちもすぐ行くから。大丈夫、ちょっと大事な話をするだけだから。」
 言い置いて、村田はユーリの背を促し脇道へと入った。
「何なんだよ突然っ」
「君はどこまで彼に話した?」
「は?」
「君のこととか、彼の今後のこと。どこまで話した?」
 真剣な眼差しとかち合って、ユーリは小さく息をついた。
「何も」
「何も?」
「そう、なーんにも。名前だってこの通り偽名だし。いろいろ聞かれたけど取り敢えずかわした。」
 いってユーリは困ったように肩をすくめる。
 その表情には自嘲的なものも含まれていた。
「嘘つくの・・・嫌だったんだけどな」
「そういう性格だもんね、君は。でも、よく殺されずに・・・寧ろよく彼は君を匿ってくれたなぁ」
「あははは・・・一度は殺されるかと思ったけどな・・・」
 明後日の方を見ながらユーリは乾いた笑い声を立てる。
 それに村田はしょうがないなぁって顔をして自分を見て。

 知ってる空気。
 馴染んだ空間。
 同じ時を過ごしてきた人たち。

 その存在がいるだけでこんなにも満たされた気分になるとは思わなかった。
「まぁ少なからず記憶操作は必要だろうね。・・・さて、早く行こうか。あの二人を引き合わせると絶対楽しいことが起こると思うんだよね」
「む、村田・・・?」
「ウルリーケだけじゃきっと止められないだろうし」
 ニコニコと笑う村田に、ユーリは一抹の不安がよぎる。
「決闘、もう始まってるかな?」
「あほっそんなことで楽しむな!」
 いや、その前に何の決闘なんだ?!
 そんなことを思いつつも、ユーリは村田を置いて駆け出した。



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