| 遠い約束 9 |
城下での騒動は、コンラッドたちルッテンベルクに対する反抗勢力の仕業だったらしい。 その中には先日ユーリと一悶着やりあったやつらもいたと言う。 「んじゃ、とりあえず一件落着?」 「ああ、そういう事になるのかな」 「そっか!・・・うーん、でもこの状態じゃお祝いできないよなぁ」 未だ傷が完治していないユーリは、ベッドの上での療養生活が続いていた。 しょんぼりと肩を落とすユーリに、コンラッドは苦笑を浮かべて「バカだな」と言う。 「そんかことは気にしなくていい。気持ちだけで十分嬉しいから。まずは傷を治すことに君は専念しろ。」 「だけどさ、」 「いいから」 優しく肩を叩かれて、ユーリは渋々頷いた。 ユーリの怪我は右肩から肩甲骨にかけてパックリと斬られていた。 すぐにギーゼラを呼ぼうと思ったのだが、彼の姿を知られるわけにもいかなかったので仕方なくコンラッドが傷の手当てを施した。 見た目ほど深くはなく、止血さえしっかりとしておけば命の危険はない。 ただ、筋を少々痛めてしまっているので、暫く右腕を動かすことは出来ないが。 「うー・・・あーきーたーぁ」 「飽きたって・・・、まだ2日もベッドの上に居ないよ?」 「1日寝てれば十分なの!なぁ、外行こうよ。そうだっ馬に乗せて?」 「ユーマ・・・」 呆れて溜息を吐くコンラッドに、ユーリはお願いっ、と顔の前に左手を上げた。 泣いた後から、ユーリは笑顔を絶やさくなった。 ふとしたことで笑う。 それがどれだけ無理をしているか、コンラッドには分かっていた。 分かっていて、敢えて知らないふりをする。 彼がそう望んでいると知っているから・・・。 「ふー、やっぱり外は気持ちいいな」 「そうだな。・・・傷は大丈夫か?」 「へーきだって。心配性だなぁ」 何が可笑しいのか、やはりユーリはくすくすと声を立てて笑った。 ただ、それは本当に心から笑った笑顔だったので、コンラッドは安堵の息をついた。 前に囲うユーリを改めて落ちないように抱きなおし、ノーカンティーの手綱を引いた。 「コンラッド?」 「少し歩こう。ここは風が気持ちいいんだ」 自ら先に降りると、そっとユーリの身体を抱きかかえて地面に降ろした。 そうして左手を握り、手を繋いで歩き出す。 辺りは一面の野原で、所々に小さな花が咲いていた。 「きれいだな」 その小さな花を見つめて、ユーリがポツリと呟く。 ボールパークの脇にも咲いていた草花だ。 ふと目を細め、その花に手を伸ばし。 「・・・いっ」 「ユーマっ」 無意識に怪我している右腕を動かしてしまい、低く呻く。 「大丈夫か?」 「う、ん・・・ごめん、大丈夫。」 「座ろう」 痛みが引かないのか、ぎこちない動きを見せるユーリにコンラッドはそう促した。 コンラッドに支えてもらい、ユーリは静かに草の上に腰を下ろした。 深く被っていたフードを取り払い、ぷるぷると頭を振る。 黒い髪が風に揺られて舞い踊る様を、コンラッドはぼんやりと見つめた。 綺麗だと思った。 その色がとても綺麗だと。 ここに咲く花よりもずっとその相貌が美しいとも、コンラッドは思った。 そうしていつまでも見続けていると、こちらを振り返った彼と視線がかち合う。 「・・・あー、ごめんな。最初見たとき驚いただろ?」 困ったような、気まずいような曖昧な笑みを浮かべる。 「・・・確かに驚いた。君は一体、」 「"誰なのか"?そう聞かれても、おれはおれって答えるしかないんだけどね。」 「すまない・・・」 彼を疑っているわけではない。 彼の性格だって、この何日か一緒に居ただけだが嘘が嫌いなことくらい分かった。 そして、そんな性格なのに嘘をつかなければならない理由も、本心では知りたいと思うが無理に聞き出したいとは全く思わない。 「謝らないでよ・・・、悪いのは隠し事してるおれの方なんだからさ。本当は・・・何もかも話せればいいんだけど、あんたや周りの人たちの未来を変えたくないから」 「俺たちの、未来?」 そう、と頷きユーリは空へと視線を投げた。 微風がユーリの頬を撫でる。 何もかもが同じで、でも同じじゃない。 ここは自分の居るべき場所じゃないのだ。 「帰らなくちゃいけない、おれの居るべき場所へ―――」 おれを待つ人の元へ。 いつ帰れるか分からない。 帰れるのかさえ分からない。 でも、帰らなくちゃいけない。 何より自分が帰りたいと願う、あの心地よい場所に。 「・・・ここで暮らすことは出来ないのか?」 「え・・・?」 思わぬ言葉に、ユーリは目を見開いて隣を見た。 聞き間違いかと思ったのだ。 だがしかし、それを否定するかのように彼の唇は再度同じ言葉を紡ぐ。 「ここで、この国で一緒に暮らさないか?」 「え・・・ちょっコンラッド?―――ッ!」 柔らかいもので唇を塞がれ、コンラッドの顔がぼやけて見えることで漸くキスされているのだと認識する。 慌てて離れようと身体を引くが、後頭部を固定されて動けない。 「んんっ・・・ふ・・・ぁ」 名残を惜しむかのように一度強く吸われ、ゆっくりと唇が離れた。 「コ・・・ンラッド・・・何、で・・・?」 「君を手放したくない・・・ユーマ」 「だ・・・めだって、ちょっと待った!ストーップ!!」 左手で迫るコンラッドの肩を押さえる。 だが、力の差は歴然。 当然の如く、押す手はやんわりと捕らえられ封じられた。 「っ・・・」 無理か、と強く目を瞑るユーリ。 だが、コンラッドの動きがピタリと止まった。 「・・・?」 そろりと瞼を持ち上げると、厳しい眼差しをユーリの背後にある林の中へと向けている。 そして素早い動きでユーリと場所を入れ替え背後に庇うと、誰何の声を林へ向けて投げた。 「隠れていないで出てきたらどうだ?」 「・・・・随分とやさぐれてるなぁ。でも、いつの時代でも愛されちゃってるねぇ君は。」 「え・・・なっ、えぇっ?!」 聞こえてきた声に、ユーリは目を白黒させて動揺した。 彼が居るなど有り得ない。 いや、しかし彼は世も恐れるダイケンジャー。 つまり居てもおかしくはないわけで・・・。 「って、だからっ何でお前がここにいるんだよ、ムラケン!」 「ユーマ?知っているのか?」 「おや、ユーマって呼ばれてるんだ。では"ユーマ"君、どうして僕がここにいるかって、君を迎えに来たに決まっているじゃないか。」 ねぇ?と背後を振り返り、村田は誰かに同意を求めた。 林の中から現れた、もう一つの影。 二人とも目深にフードを被っているため、こちらからは顔を窺えない。 ただ、村田はすぐに声を発したから判断できた。 だが、もう一方は・・・。 「ほら、彼も頷いてるじゃないか。」 背後の影は微かに頷く程度で、だからこそ判断がつかない。 「まったく、君と言う奴は予想通りに眞王廟で大人しくしててくれないんだから。こんなに早く見つけられるなんて奇跡だよ」 「いや、まぁその・・・ごめんなさい・・・」 左手でぽりぽりと頬を掻き、ユーリは素直に頭を下げる。 その時、村田の背後に居た人物がくすりと笑った。 そうして、溢れ出して止まらないというほど、暖かな気配がユーリを包み込む。 「・・・え・・・?」 「・・・・」 驚愕にその黒い瞳をまん丸に見開いた。 村田が居るのは分かる。 だって彼は大賢者だから、ウルリーケや眞王に言って送ってもらうくらいわけない。 でも"彼"は違う。 なのに・・・どうして? 「・・・ンラッド・・・?」 「どうしたんだ、ユーマ?」 「何で・・・どうしてここに・・・」 気づいたときには、そう呟いていた。 包まれる気配が濃くなる。 彼が、笑ったのだ。 「ユーマ!!」 背後から駆け出そうと飛び出したユーリを、慌ててコンラッドが引きとめた。 「放せ・・・っ放せよ!」 「だめだ!」 「何で?!あいつらはおれの知ってる奴らだっコンラッド!!」 「それでもダメだ!」 ユーリには分からなかった。 目の前の人物の考えていることが、さっぱり分からなかった。 帰りたいのに。 すぐそこにいるのに・・・っ! そんなユーリの気持ちを知ってか知らずか。 コンラッドは少年の顎を掬い取って固定すると、触れ合わせるだけの口付けをした。 「!?」 「お願いだから暴れないで、傷に触る。・・・君が帰りたいと、そう望んでいるのは分かってる、それでも―――俺は君を帰したくない。ユーマ・・・君が好きなんだ」 きつく抱きしめられて、ユーリはただ呆然と空中を見つめた。 そうして、泣くのを堪えているようなくしゃくしゃに歪んだ表情で村田と、その後ろに居る人物を見遣る。 「・・・君を一緒に連れてくるべきじゃなかったかな」 「・・・すみません」 「そう思うんだったらその殺気、どうにかしてもらえるかい?」 「・・・・」 まったく・・・、と溜息をついた村田は、ゆっくりとユーリに歩み寄る。 途端、コンラッドは剣の柄に手にかけて村田と相対する。 「大丈夫だよ、今すぐ連れて行ったりはしないから。・・・ねぇ、渋谷。向こうに戻れる期間は明日の日が昇るまで。それまで眞王廟の裏にある森の中の泉までおいで。」 「明日の・・・日が昇るまで・・・?」 「そう。それを逃すと今度はいつ迎えに来れるか分からない。もしかしたらもう来られないかもしれない。・・・決めるのは君自身だ」 「そんなのっ!」 そんなの、最初から決まってる。 決める以前の問題だ。 もちろん、それは村田も分かっているのだろう。 「君は決まっているだろうけど、そこの"ウェラー卿"は納得してくれなさそうだ。だからきちんと清算しておいで。大丈夫、彼はちゃんと君のことを待ってるよ。」 さらりと頬を一撫でして、村田は戻っていった。 そうして、付いて来た人物の肩を叩くと一人先に林の中へ消えてゆく。 「・・・コ、」 「待ってます。だから、不安にならないで?」 ユーリの言葉を遮って、彼は穏やかな声音でそう告げる。 それは、何よりユーリの心を救ってくれた。 ここにいるコンラッドは、間違いなく彼で。 そしてこのコンラッドが、未来の彼を形作る。 「・・・ごめんな、心配かけて。ありがとう・・・」 「・・・・」 その言葉の裏に隠された想いを、彼は汲み読んでくれただろうか。 何も言わずに身を翻して去って行く彼の背中を、ユーリは無言で見つめた。 そうして跡形も見えなくなった頃、自分に背を見せたままの男を背後から抱きしめる。 「帰ろうか、コンラッド」 「ユーマ・・・」 不安そうに揺れる声と瞳。 それに苦笑を零した。 そして一度だけ、二人が消えた林を振り返り、「ごめん」と呟く。 後は振り切るかのように背を向け、ユーリは歩き出した。 |
| →next ←back ↓top |