遠い約束 7



 ユーマ、と呼ばれ、その名を持つ少年は一つ大きく返事を返すとそちらへ駆け出した。
「何?」
「これあっちに片付けてきてくれる?」
「オッケー!」
 ユーリは渡されたシーツを受け取り、またパタパタと駆ける。
 廊下を走る間も、あちらこちらから声がかかった。
 「おはよう」とか、「元気かー?」とか、「殿下は戻ったか?」とか。
 最後に出てきた『殿下』に対してだけユーリは慌てて、「しーっ!」と口に人差し指を宛がう。
 それ以外には普通に笑顔で挨拶を返す。

 コンラッドが城を出て4日。

 グウェンダルから城下の視察の命を受けた翌日の朝、言っていた通りに一度戻ってきたコンラッドは、街の様子などをグウェンダルに報告するとまた慌ただしく城を出た。
 その時に、再度部屋からは出るなと言われ、ユーリも素直に頷いたのだが。
 何日も部屋に篭っていられないのは誰でもないユーリ自身がわかっていること。
 約束はたったの一日で破られた。
 それから部屋に食事を運んでくれるメイドと仲良くなり、ユーリの人好きする、人懐こい性格も相成って現在血盟城の使用人と一部の兵の中で大人気の存在となっている。
「それにしても大変よねぇ。戦場から戻ってきたと思ったらすぐに城下の視察なんて。殿下も体を壊さなければいいのだけど・・・。」
「そうよね。ユーマも心配でしょう?大切な"名付け親"ですものね」
「あ、あはははは・・・ま、ね・・・」
 一応使用人の中でユーリは"名づけ子"と言うことになっている。
(まぁ、嘘じゃないし?ただそれはもうちょっと"未来"の話で、おれ自身は遠くの知り合いってことになってるけどさ。)
 罪悪感にちょっとばかり胸が痛いけど。
 これくらいは許せ、とここにはいない名付け親に手を合わせた。
「えーと、これがこっちでこれがここ・・・だったかな?」
 うろ覚えで色違いのシーツを一枚一枚指定されている棚へと入れていく。
 そして最後の一枚を前に、ユーリは目の前の棚と睨めっこする。
 そのシーツは自分よりも頭一つほど高い棚にしまうものだったのだ。
「・・・届かないし・・・」
 くそ〜、と低く呻き。
 取り敢えず何事もチャレンジだ!と棚に手を伸ばす。

 ・・・やはり届かない。

「あーっもう!もう少し身長があったら・・・・、あ」
「ここでいいのか?」
 脇からひょいっと伸びてきた手がユーリの持つシーツを取り、目的の棚の中へと置いた。
 暫く動くことが出来なくて、ユーリはその場に固まったまま。
 この声は聞き間違えるはずのない人物の声だけあって、気まずさに知らず数歩ほど距離をとった。
「何で逃げるのかな、ユーマ?」
「・・・えーっと、おれまだ仕事が・・・」
「何の仕事か説明してもらいたいんだが。」
 がっちりと腕をつかまれ、ユーリは強引にその人物のほうへと視線を向けられた。
 銀の虹彩が印象的な薄茶の瞳が真っ直ぐに自分を見下ろす。
「部屋からは出るな、と俺は言っておいたはずだけど?」
「う・・・ご、ごめんなさい・・・」
 まったく、と呟きコンラッドは溜息を吐き出した。
 そろりと顔を上げ、ユーリはもう一度「ごめん」と呟いた。
「君の事はなんて?」
「取り敢えず遠い知り合いって・・・。用事があって部屋においてもらってたんだって説明しておいた」
「・・・納得したのか?」
「うん、メイドさんや兵士さんはそうかーって」
 コンラッドは右手で額を押さえ、二度目の溜息を吐き出した。
 普通こんな身元の知れない人物の言葉を易々と信じるものだろうか・・・?
 今回は助かったが、もし悪巧みを考える奴だったら一発で事件が勃発していただろう。
 もう少し兵の指導を厳しくしなければ。
 そんなことを考えつつ、コンラッドはユーリを促し自室へと向かった。
「仕事は終わったの?」
「いや、取り敢えず討伐の段取りのために戻ってきた。グウェンに報告とそれに関する原案を提示して、意見を仰ごうと思って。」
 掻い摘んで聞いた内容によると、大方の黒幕は解っているらしい。
 あとは炙り出してとっ捕まえるという至ってシンプルな戦法らしいが、コンラッドはどうもすっきりしない表情をしていた。
「・・・何か気になることでもあるのか?」
「え?」
「ここ、皺寄ってるから」
 そう言ってユーリはコンラッドの眉間を指差す。
 彼の兄であるグウェンダルに良く似た皺を親指でぐいっと伸ばしてやり、ユーリは心配そうに表情を曇らせた。
 自分の知る彼より幾分幼さの残る表情が、少しだけ和らぐ。
「・・・いや、何もない。今日中に終わらせるさ」
 長い前髪を払い、す・・・っと眇められた瞳が厳しさを持って廊下に並ぶ窓の一つから外を射抜く。
 彼が断言するのだから、決着は今日中に着くだろう。
「そっか。じゃぁ、帰ってきたらお祝いだなっ」
「これほどのことでお祝いなんて大袈裟だ。・・・あまり城の者に姿を見せるなよ、特に・・・」
「大丈夫だって。離宮のほうとか奥には入らないから。せいぜいメイドさんと下級兵士さんたちと仲良くしてるぐらいに留めておくさ」
 ユーリはそう言ってにっこりと微笑んだ。
 それに重ねて忠告を発しようとしていたコンラッドは、口の端に上った言葉を飲み込んで小さく頷いた。


 □■□■□


「殿下、また城下に戻ったんですって?」
「うん、今日中にけりつけるって言ってたから、明日の朝には戻るんじゃないかな?」
 目の前に並べられる食事にユーリは視線を釘付けにしたまま、いつも持ってきてくれるメイドの女の子にそう答えた。
 手を合わせて「いただきます」と言い、パクパクと口に運び入れていく。
「相変わらず凄い食欲ね。・・・あ、でも今日雨が降りそうって言ってたのよね。大丈夫かしら・・・」
 部屋の窓から空を見遣り、メイドの女の子は小さく首を傾げて頬に手を宛がった。
 確かに空は厚い雲が覆い、今にも天の涙が零れ落ちてきそうだった。
「作戦的にはとくに支障ないだろうけど、視界が悪いから敵味方入り乱れたら間違えそうだよな」
 それでもしコンラッドに何かあったら・・・。
(まさかな)
 あるはずがない。彼は軍人で、並外れの判断力を持っている。
 いつもその判断力と洞察力と反応力で守ってくれているのだから。
 だから、彼に「万が一」があるはずないのだ。
「ユーマ?手が止まってるわよ」
「あ、うん・・・」
 ホカホカに暖められたスープをスプーンに掬い、口に運ぶ。
 だが、ついさっきまでおいしいと感じていたものが何の味もしないように感じた。
 気になりだしたら止まらない。
 そして、何より自分は考えるより思ったら即実行の直情型だ。
「・・・ごめんっ」
「え、ユーマ?!」
 勢い良く立ち上がると、ユーリは椅子にかけてあったコートを引っ掴み部屋を飛び出した。
 そのまま厩へと駆け込んで、顔馴染みの兵に馬を一頭借りる。
「おい、何処に行く気だ?もう外も暗くなってきてるのに。」
「ウェラー卿のところに。すぐ戻るから!」
 ユーリは慣れない手綱捌きで葦毛の馬を走らせる。
 そして、おぼろげながらさっきコンラッドから聞いた場所へと急いだ。



 
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