熱を持つ唇 〜水鏡番外〜
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 すやすやと、穏やかな寝息を背後にコンラッドは部屋をあとにした。
 まだだいぶ熱は高いようだが、明日の朝にはもう少し下がっていることだろう。
 念のために扉には兵をつけて、何かあれば知らせるようにと命じておく。

 城を警護するのも自分の仕事。

 少しでも傍にいて寝顔を見つめていたかったが、だからと言って警備に手を抜くことは許されない。
 何よりユーリを守るための仕事なのだ。元より抜く気もないのだが。
 各所に配置した兵を回り、以上がないかを確かめて自分も一回りしながら自分の眼で確認をするだけなので、然程時間は掛からない。
 30分もすれば、ユーリの元には戻れるだろう。何の異常もなければだが。
 一番重要な玄関口へと向いながら、主の怪我の具合を思い浮かべる。
 傷は、かなりの深手だった。
 ヴォルフラムもあれでいてれっきとした武人だ。本気であればあの程度の竜など造作もないことだろう。
 ましてや、竜であったユーリの体は『カエカエの身』による変化であの姿を形作っていた。そもそも、細胞の造りからして竜とは違う、人(魔族)の細胞元を媒体に形成されているのだ。
 そんな鱗が、弟の剣に勝るはずがない。
 ギーゼラに診てもらい、きちんと治療はしてもらったものの、深手のために完治するまでにはかなりの時間が掛かるだろうと言われた。
『一応細胞膜により傷を塞ぎはしましたが、あくまで応急処置のようなものです。これ以上手を加えるのは陛下の御体に負荷が掛かりすぎるので・・・少々痛みが残ると思いますが、痛み止めを処方しておきますからそれで補ってください。』
 最低でも2,3日は熱が引かないかもしれない、だが高熱を出すのは今夜だけだとも言われた。
 その間、ヴォルフラムは寝室への立ち入りを禁止。
 当然コンラッドのその言葉に食って掛かってきたが、難なく説き伏せた。
 もちろん、それにはグウェンダルの助言もあったからではあるが。
 ことの詳細を、グウェンダルにだけは報告しておいたのだ。眉間の皺を2本ほど増やしたが(今後の執務が自分に降りかかるからだろう)、了解したと頷いてそれ以上のことは何も言わなかった。
「何か異常はなかったか?」
「はっ特に異常は見受けられません。」
 手に持つ紙に、チェックを記して。
 あらかたの確認を済ませると、己が出てきたユーリが眠る寝室へと足を向けた。
 そこで改めて扉にいる兵にも異常がないかと確認する。
「ええ、特には。・・・あ、そう言えば先ほど中で陛下が何かを言っていましたが・・・」
「目を覚ましたのか?」
「分かりません、何かあったのかと覗き込んだらきちんとベッドに寝ていらしてましたから。」
 何だろう・・・?
 取り敢えず了解の意を伝えて静かに扉を押し開ける。
 滑り込むように中に入ると、兵の言うとおりユーリはきちんとベッドの中にいた。
 ただ、体勢は出てくるときと変わっていたが。
 仰向けの状態から、こちらに背を向けて横向きに。
 丁度怪我している肩が下になっている格好だ。あれでは傷に触ってしまう。
「・・・ユーリ?」
 小さく呼びかけながらゆっくりと近寄る。応えは返ってこない。
 やはり寝ているのかと、口元に笑みを登らせて・・・一瞬でそれは消し飛んだ。
「・・・・っぅ・・・・」
 必死に押し殺しているような、それでも口を吐いて出てしまうようなくぐもった呻き声。
 近づいたことで分かったが、ユーリは傷のある肩を下にして、庇うように背を丸めていた。
「ユーリ、痛むの?」
「・・・こ、・・・らっど・・・?」
 呼びかけに、彼は薄っすらと瞼を持ち上げる。
 その額には玉のように脂汗が浮かんでいた。顔色も青白い。
「どうして兵に言わなかったんですか・・・!」
「す…ぐ、治まると、思って」
 途切れる言葉の端々に、必死に痛みに耐えている様子が伝わってくる。
 ギーゼラに寄越された痛み止めの薬と水を持ってきて、コンラッドはユーリの体を起こすと自分は彼の体とベッドヘッドの間に身を滑り込ませ、ユーリの体を背後から抱きしめるように支える。
「痛み止めです、飲めばマシになる。」
「・・・ん」
 しかし、返事をしたあとも彼は微動だにしない。
 コンラッドはその腕を取って持たせようとしたが、力が入っていないことに気付くとそっと下ろして。
 ユーリの体を横抱きにし左腕で支え、残りの右手で器用に薬を取り出すとそれを己の口に水と一緒に含む。
 そうしてユーリの顎を軽く持ち上げると、合わせた唇からそれを流し入れた。
「んっ・・・」
 こくん、と。
 小さく咽喉がなって、薬と水が一緒に嚥下される。
 荒い息遣いのままぐったりとコンラッドに凭れ掛り、緊張から入れていた体の力をふっと緩める。
 痛みに耐えるべく寄せられていた眉間も、噛み締められた唇も、一気に力が抜ける。
 完全に落ち着くまで、コンラッドは髪に、瞼に、頬に、唇に、たくさんのキスを降らせながらそっと背を撫でた。
「・・・大丈夫?」
「うん、もう平気。ごめんな、コンラッド・・・心配かけて」
 はぅ・・・と息を吐き出してユーリはすまなそうにそう言った。
 どうやら、完璧に痛みは引いたらしい。見上げてくる瞳はバツが悪そうに揺れている。
「まさかここまで痛みが激しくなるなんて思わなくてさー」
 簡単に根を上げた自分が情けない、と言うように溜め息を吐き出して。
 改めて修行の足りなさにユーリは呻いた。
「もう少し、鍛錬しないとなぁ・・・」
「何を?痛みに耐える鍛錬なんか、しないでくださいよ?」
「どうして?男としてあれで値を上げるのはやっぱり拙いだろー?もうちょっと、こう、少しの拷問でも耐えられるくらいのさぁ」
「何を言っているんです!」
 思わず荒げられた声に、ユーリは目を瞠って頭上の瞳を見つめた。
 半分は冗談で言ったつもりだったのだが、どうやらコンラッドの逆鱗に触れたらしい。
「あなたが傷つく様を、どれだけ俺が・・・っ!・・・お願いだから・・・これ以上俺の寿命を減らさないでくれ」
 今にも泣き出しそうな、歪められた彼の瞳にユーリはゴメン、と呟いた。
 そっと両頬を挟んで、引き寄せる。
「ごめんな、コンラッド。おれが悪かったよ、冗談にしちゃ質が悪かった。・・・だからそんな顔すんなよ」
 こつん、と額をぶつけて至近距離で銀の虹彩が散らばる茶色の瞳を覗き込んだ。
 彼の低い温度が心地よい。
 触れるだけの口付けを与えて、宥めるように眦にも唇を押し当てた。
 安心を与えるように、彼がいつも自分にしてくれることを。
「ユーリ・・・」
 傷に触らぬ程度の強さで抱きしめられて、ユーリはされるがままその腕に、体に身を預ける。
 ユーリ、と己を呼ぶ声を聞きながら、再び忍び寄ってきた睡魔に任せて瞼を閉じた。
 体温とは裏腹なほど暖かい熱を孕んだ唇が頬に落ちて。
 彼の匂いに包まれながら、痛みを忘れた意識はまどろみの世界へと沈んでいった。



 +END+




 

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