+ 夜の帳に +



 ひたひたと、足音を忍ばせて近寄る気配。
 その気配に、コンラッドはまどろみの中から意識を浮上させた。
「・・・」
 そろりとベッドから身を起こし、夜の冷やりとした空気を一度深く吸い込む。
 神経を研ぎ澄ませて、じっと外の気配に集中した。
 気配は確実に近づいてきている。
 ―――と。
「?」
 その気配にどことなく違和感を感じてコンラッドは首をかしげた。

 彼は自室ですでに眠りについているはずだよな・・・?

 そんなことを考えていると、少し早足になった気配がだとだとしく扉の前を通過する。
(・・・おや?)
 思い違いだったのだろうか?
 小さく苦笑を零して、コンラッドはもう一度ベッドに横になろうとした―――が。

 ぱたぱたぱた・・・べしゃ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 転んだ。
 次いで呻き声がもれる。
 コンラッドは今度こそ気配を殺して扉に近づき、そっと押し開けた。
 そろりと顔を覗かせたそこには、蹲っている人影。
 無意識に頬が弛む。
「何してるんですか、こんな時間に」
「わわっ」
 蹲る人物を後ろからひょいと抱き上げてそう声を掛けると、その人物はいきなりの浮遊感に慌てて首にしがみ付いてきた。
「たとえ城内でも一人歩きは危険ですよ、陛下?」
「コ、コンラッド・・・っ」
「・・・ユーリ?」
 思ったよりも弱々しい声が返ってきて、コンラッドは眉根を寄せた。
 取り敢えず廊下で話していたら風邪を引いてしまうので、コンラッドはユーリを抱えたまま自室へと引き返す。
 蝋燭の淡い光の中に照らし出されたユーリの瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「・・・どうしたんです?さっき転んでどこか痛めた?」
「・・・っ」
 ユーリを降ろそうと身を屈めても、いやいやと子供のように首を振ってしがみ付いてくる。
 コンラッドは微苦笑を零して仕方なくそのままベッドに腰を下ろし、自分の膝の上にユーリを座らせた。
 そうして落ち着くまで背を撫で、瞳に溜まった涙を舌先で掬い取った。
 しがみ付いてくる腕の強さが緩まったのを見計らって、もう一度訊ねる。
「何か、いやな夢でも見た?」
「・・・」
 ふるふる、と首を横に振る。
 その瞼に口付けて、コンラッドはユーリの言葉を促した。
「・・・恐かった・・・」
「うん?」
「あの本読んで恐くなって眠れなくて・・・コンラッドのところに来ようとしたら廊下暗いし、そのせいで扉全部同じに見えてコンラッドの部屋分からなくなるし・・・っ」
 くすん。
 小さく鼻を啜って、ユーリはまたコンラッドの首に縋りついた。
 あの本とは恐らくアニシナが書いた『毒女』のことだろう。
 要するに、寝る前に『毒女』を読んで、あまりの恐さに寝付けず、だったらとコンラッドの部屋に行こうとしたものの城内の暗さに更に恐怖心を煽られたわけだ。
「だからあれほど夜に読まないように言ったでしょう。」
「おれはヤダって言ったのにヴォルフの奴が勝手に朗読しやがったんだよっっ」
 ・・・なるほど。
 どうやら原因は弟にあったらしい。
 コンラッドはくすりと微笑んで、ユーリの体をベッドに寝かせた。
「コ・・・ンラッド・・・?」
「だったら、今日はもう俺のところで寝ていくといい。どうせ奴が起きる前に俺たちのほうが先に起きるんだし、ばれませんよ。」
 ね?
 そう問いかけて啄ばむようにキスし、自分もユーリの横に身を横たえシーツを手繰り寄せた。
 温もりを求めるようにユーリが身を寄せてくる。
 その体を抱きすくめ、髪を優しく梳いて。
「大丈夫、俺が居るから恐くないよ。」
 応えるようにユーリの手がキュッとコンラッドの服を握り締めた。
「・・・コンラッド、このことヴォルフとグレタには言うなよ・・・?」
「ええ、もちろん。」
 そろりと上目使いに見上げられて、コンラッドは蕩けるような笑顔を浮かべた。
 つられてユーリもえへへと笑う。
「ありがと、コンラッド。・・・好きだよ」
 最後の一言はほとんど聞き取れないくらい小さなもので。
 それでもコンラッドの耳にはしっかりと届いた。
 腕の中の愛しい人を壊さないように、けれどもしっかりと強く抱きしめて。
「もちろん、知ってますよ。俺も好きだよ、ユーリ」
 あなた以上に、あなたのことを。
 二人の睦言は、星の瞬きだけが聞いていた。





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