| Let me forget it |
「・・・なぐさめて欲しいんだ。」 四千年という気の遠くなりそうな時間の果てに身に付けた村田の知識と経験を散々羨んだ挙句、ようやく俺は自分の目が片一方にしか行ってないって知ったんだ。 だから。 「・・・・・・いーよ。来な。」 「ありがとう。」 ※ ※ ※ 『恐らくは猊下の所かと。お願いです、コンラート。連兵中に申し訳ありませんが陛下を迎えに行って頂けませんか?このままでは今日の分が終わりそうにありませんから。』 ユーリの速やかな採決の為に書類整理に忙殺されているギュンターに泣き付かれた挙句に見てしまった、光溢れる中庭での寸劇。 「な・・・・・・・。」 俺は声を掛ける事も出来ず、ただ呆然とその場に立ち尽くすしか無かった。 『誰かくる前に止めさせないと。・・・せめて、巫女の目に触れる前に引き離さないと。』 そうは思うものの、いたずらに思考が回転するだけで体が動かない。 猊下とユーリ。 互いに友と呼び合う二人。 その二人の影が、ゆら、と揺れて。 「・・・ありがとう、渋谷。」 「もう、いいのか?」 「うん。」 「そか。」 「帰る?」 「ん。そろそろギュンターが探し始める頃だから。今日はちょっと書類が多いって言ってたから・・・。」 「そう。じゃ、気をつけて。」 「さんきゅ。」 互いの影をそっと押しやって離れた二人は取り立てて名残を惜しむ訳でも無く、ざぁ、と音を立てて吹き抜けた野分の風に思わず顔を覆った次の瞬間にはその場から綺麗に掻き消されていた。 「・・・夢?」 交錯する思いと戦いながら、二人が消えた庭をどれくらい眺めただろう。 「あら。コンラート様?いかがなさいました?」 不意に掛けられた声に振り返れば眞王廟の顔見知りの巫女が胸に蓮の花を抱いて微笑んでいた。 「・・・こちらに陛下がいらしてると思って迎えに来たんだが。」 「まぁ。陛下でしたら先ほど血盟城にお戻りになられました。行き違いになってしまわれましたわね。」 言葉の裏に何ら思いを含める様子など無く、単純に問いの答えとして優雅に口元を押さえてくすくすと笑う巫女。 『見られていなかった。』 そんな安堵と共に訪れる深い憂慮。 胸が締め付けられ、息をするのも苦しい。 でもここは神聖な場所。 眞王陛下の御霊を守り、眞王陛下のお導きを授かる場所。 故に、下らぬ感情を持ち込んではならない。 この地を守る巫女達に、聊かも疑念を抱かせてはならない。 ならば俺がとる行動はたった一つ。 「そう。ありがとう。」 儀礼的な笑顔を浮かべ短く礼を言って足早に去ろうとする背中に、『お気をつけて』と通り一遍の社交辞令が被さる。それに気安く手を振って応え、俺は血盟城への道を辿った。 辿って、荘厳な血盟城の長い回廊を渡って、そして。 「あれ。お帰り、コンラッド。連兵は終わったの?お疲れ様っ。」 いつもの如く重い執務室の扉を叩けば、ギュンターが選別した後とは言え山のような書類を前に半泣き状態で署名に精を出すユーリの姿が在った。 柔らかい午後の日差しの中で俺の姿を認めて嬉しそうに微笑むのも、労いの言葉をかけてくれるのも、いつもと何ら変わりが無い。これ幸いとばかりに手にしていた羽ペンをペン立てに戻すのも、インク壷の蓋をいそいそと閉めるのもいつもと同じ行動。そして、かつん、と軽い音を立てて引いた椅子から立ち上がって、力いっぱい伸びをして、ふぅ、と吐息を吐きながら肩を回すのもいつもと寸分違わない仕草。 「あのね、さっき散歩で村田んとこ行ったらさ、巫女さん達がクッキーを持たせてくれたんだ。よかったら一緒に食べない?ね、お茶しよ?」 俺が傍に居ない時のユーリの日常は、俺が傍に居る時と同じく優しさに包まれた慎ましやかな時間で形成されている。眠気醒ましの為に行われる散歩という名の脱走も、その行き先もよく聞く場所によく聞く相手。特に変わった理由でも場所でも、相手でも無い。 ただ。 「俺が淹れてあげる。ヘタだけど許して?」 「貴方がお手ずから淹れて下さるだけで最高です。」 「またまた。コンラッドさんってばお世辞がジョーズだねっ!」 「シャークだね?」 「それはサメ。ジョーズは屏風に坊主だよ。あれ?反対かな?」 はにかみながらぱたぱたと俺の横を通り過ぎる時に口にする言葉も、それに対する返答も、決めた訳でも無いのにいつもと全く変わりが無い。付け加えられる短い遣り取りが入れ替わるだけで、まるで目に見えない台本のよう。 その中で、空気が流れる一瞬に仄かに漂った残り香に俺が思わず顔を顰めてしまった事だけがいつもと違う日常。 恐らくユーリは気が付いていないのだろうけど、この香りを付けて帰ってくる事は今までによくあった。 でもここまではっきりと残して帰ってくる事は、至極、稀。 肩に縋る、神経質そうな細い指先。 風に舞う黒髪はどちらのものともつかず。 交わす言葉も無く、ただ見詰め合って。 そして。 「・・・コンラッド?どうかした?」 「え・・・?」 声のした方へはっと目を遣れば、茶器を差し出すユーリの心配げな目に・・・いや、漆黒の瞳の中に浮かぶ暗い顔をした俺の目とぶつかった。 『まずい。』 そう思ったけれども、もう遅い。 「・・・いくら教える側だって言っても、連日、俺を守る合間に大人数を相手にしてりゃ疲れるよな。あんた、すぐ無理するから。ほら、これ飲んで、クッキー食べて、ちょっとソファーに横になってなよ。ギュンターが来るまでにはもう少し時間があるからさ。」 茶器をテーブルに置いて。 気遣わしげな顔と声と共に伸びた手のひらが俺の額に添えられ、より確かな香りが、漂うお茶の香りと相まって俺の鼻腔を擽る。 「少し、顔色も悪い。・・・な?そうしなよ。」 「・・・護衛の俺が貴方の目の前で休む訳にはいきませんよ。」 「いーから。俺とあんたとの仲だろ?どうせ異変があったらあんた絶対起きるんだから気にするなよ。さ、横になって。」 俺の異変を邪気無く純粋に心配しながらソファーへ押し遣るユーリの偽り無い気遣いに触れれば、やはり先ほど俺が眞王廟で見たものは幻だったのかと思う。でも。 「・・・猊下はお元気でいらっしゃいましたか?」 「あ・・・・・・うん。いつもと変わらず、ヒトを揄かって遊んでた。」 困ったように瞳を伏せて、ほんの少しだけ言い淀んだ理由を問い詰めれば彼は何と答えるだろう。 「ユーリ・・・。」 「ん?何?」 彼の口元に一瞬過ぎった、自嘲とも取れる苦い微笑みを俺はどう理解すればいいのだろう。 間違い無い。 俺が見たのは夢でも幻でもなく、双黒を身に宿した彼ら、だ。 「・・・ではお言葉に甘えて少しだけ。」 「うん。・・・ほら。小さくて悪いけど、何も無いよりはマシだろ?」 ほっと吐いた溜息は、俺が珍しくも休むと言った事によるものか、それとも話題が猊下から逸れた事によるものか。 出来うれば前者であって欲しいと願う俺に自身の上着を掛けながら、魔法をかけるように額に額をくっつけて。 「ゆっくり休みなよ。」 「はい。」 慈愛に満ち溢れた黒曜石の瞳に浮かべて俺だけを映すユーリ。 照れ臭そうに目元を朱に染めて、俺の頬に触れるだけの口付けを落として、再び書類の前に戻る貴方。 ユーリ。それは出来ない相談だ。 だって貴方は。 俺が居るとも知らずに花咲き乱れるあの庭で、貴方の魂に対なす方と視線を絡ませて、そして茶器に口付けるその赤い唇で以って、貴方は。 ※ ※ ※ 渋谷は気がついていなかったけど、ウェラー卿が渋谷を迎えに来ていた事に僕は気がついていた。 気がついていながら、僕は僕を救うために渋谷に縋った。 卑怯だと言われても仕方が無い。 君の目の前で君の恋人に甘えたのは僕なのだから。 血盟城へ急いで戻るカーキ色の背中を眞王廟の窓から見送りながら、届かない謝罪と懇願を繰り返す。 ごめんね、ウェラー卿。 悪いのは僕だから。 だから、どうか渋谷を責めないで。 僕は君達を心から祝福してる。 それを疑わないで欲しい。 だから・・・渋谷を責めないで。 全ては僕の責任だから。 非難するなら僕を非難して。 渋谷の魂に傷をつけないで。 君には勝手なお願いばかりするけれど・・・頼んだよ、ウェラー卿。 ※ ※ ※ いつもの如く、いつものように。 ユーリを居室まで送って、自室への道を辿る。 油断すれば闇に心を絡め取られそうで、これ以上余計な事を考えたくなくて、強制的に心を無にして歩を進める・・・が。 立ち止まって振り返ればユーリの居室の窓から漏れた明かりの中に、ユーリの影を捜してしまう。 いい加減嫌になる程脳裏には昼間の出来事が繰り返し映し出され、幾度ユーリを問い詰めようと思っただろう。 でもそのたびに普段と全く変わりないユーリの笑顔にぶつかって、自らうやむやにしてしまった。 そして扉を閉める直前も。 「コンラッド。」 俺にだけ向けられる、少し舌足らずな、甘える声に心を締め付けられながらも腕を広げれば、すっぽりと収まる金色の光。 「・・・ユーリ。」 「うん・・・コンラッド。」 背に回した手で力いっぱい俺に抱きついて、俺の心音を確かめるように頬を摺り寄せて、泣き出しそうなほど幸せそうに微笑んで俺の名を大切に呼ぶユーリを責められる訳が無い。 何故。 一体、どうして。 貴方と猊下の間に何があった? 宙に浮いた疑問。 行き場を失ったやるせない思い。 その思いを消化出来ないまま。 「・・・オヤスミ、コンラッド。」 「おやすみなさい、ユーリ。」 自ら閉めた扉。 隔てた空間。 扉の向こうのユーリと廊下に佇む俺。 なぜ一言問わなかったのか、その事を後悔しながら再び歩を進めて・・・。 深夜。 歩哨の入れ替わる刻限を過ぎた頃。 月夜に幽玄と浮かび上がる庭園。その整えられた芝生を踏み締めて歩けば視線の先に探し人。 「・・・一体ここで何をしてるんです?」 「星を見てた。ほら。こっちって地球と違ってすっごく綺麗に見えるだろ?だから、さ。」 「星が見たければ居室で見れば良いでしょう?何もこんな、」 「部屋を抜け出して、庭のベンチに寝っ転がって、わざわざ星を見なくても?無用心にも程がある?それとも・・・風邪を引く?」 「そのどれもこれも。・・・おまけにまた素足で。どうして貴方は素足で歩きたがるんでしょうね。」 「そりゃ、日本人だから。」 「屋内なら兎も角、屋外なら関係無いでしょう?」 「そう?じゃ、単純に俺が裸足が好きなだけ。・・・隣、座んなよ。」 指を滑り込ませれば、まだ微かに濡れた射干玉の髪がしっとりとまとわりつく。それを指に絡めて、口付けて。それからゆっくりと彼の隣に腰を落とせば、くすくすと、夜のしじまに耳に心地良い笑い声が幽けく響く。 「何か、面白い事でも?」 「ううん?」 何を思うのか、悪戯っぽく目を細めて。 「で?あんたは?散歩・・・な訳無いよな。」 「勿論。いくら待っても貴方が来てくれないから捜しに来ました。」 「?・・・俺、行くって言ってたっけ?」 「いいえ?でも、今夜は来てくれるような気がしてたんです。だから。」 言い訳がましい嘘。でも、来て欲しかったのは事実。その思いが伝わったのだろう。 「・・・ごめん。」 まるで体重を感じさせない動きで、ふわり、と俺に凭れ掛る。 「いい?」 「どうぞ。」 肩に手を回せば嬉しそうに更にその身を摺り寄せてくる。 「コンラッドって、さ。温かいよね。」 「ほら。ずっと外に居るから肩が冷えて、」 「違うよ。そうじゃない。・・・温かいんだよ、コンラッドって。ここ・・・良い匂いもするしさ。」 「俺より余程ユーリの方が温かいし良い匂いがするけど?」 真意を測りかねた挙句、額面通りに受け取る事にして言った台詞。 だけど。 「そんな事無いよ。俺は・・・。」 何が琴線に引っ掛かったのか、笑顔を引っ込めて、言葉を切って、俺に向けられていた慕う視線を遠くに咲く白薔薇へ移して・・・そして。 「・・・ずっと忘れないってどんな感じなのかなって・・・考えてた。」 それはまた。 「随分と難しい事を考えていたんですね。」 「うん。あのさ、ずっと忘れたくないって思ってても忘れちゃうって事あるだろ?それと反対に、どんなに忘れたいって思ってても忘れられない事もある。・・・そーいう時、皆どうするのかな?」 「それは・・・。」 一番に思い出されるのはやはりジュリアの事。彼女を忘れたいと思った事は無い。けれど、彼女の死を知った時の苦しみは、正直、忘れたいと強く願った。 でも忘れる事が出来ないまま、俺はジュリアだった魂を抱えて地球へとんで・・・ユーリに出会って、そして。 「とても辛くて苦しいけれど、人は忘れる事が出来ない記憶を思い出に変える事が出来る。変わってしまえば悲しかった出来事も思い出として懐かしめる。懐かしむ事が出来れば過去と折り合いをつける事も可能だし、それを糧にする事も、再び歩き出す事も出来る・・・俺はそう思います。」 それが俺が導き出した・・・ユーリに出会ってようやく解った俺なりの答え。 今でも胸にジュリアが死んだ時の記憶が薄れる事無く存在するが、これはもう思い出だ。 「・・・でも、どんなに頑張ってもそれが思い出に変わらなかったら?向き合う事すら出来ない痛みを抱えたまま、忘れる事が出来なくて血の涙を流しつづけるしか無いのだとしたら?」 触れ合う珊瑚の唇。 深い影を落とす震える睫。 一瞬と言うには長すぎた時間。 俺が居た事に気がついているとは思えない。 でも・・・これは懺悔なのだろうか。 だとしたら。 何を懺悔するのかを告白しないままに成される懺悔を俺は受け入れなければならないのだろうか。 「・・・辛いんですか?」 辛いから慰め合った? それとも、慰め合ったから辛い? 原因も要因も理由も解らないまま、俺に対処を問うと言うのだろうか? 貴方を想い、貴方に恋焦がれる、この俺に? 事を起す前では無く、起した後に、対象が違う事を知る俺に貴方は。 それはあまりにも酷すぎると・・・そうは思わないのだろうか。 あぁ、それよりも。 その辛い感情の中に俺への感情も含まれてる? ほんの少しでも、俺に対して申し訳無いと思ってくれている? こんなに傍近くに居ると言うのに、今日一日かけて溜めた問い掛けのひとつでも腕の中で答えを探すユーリに届いたとは思えない。 でも。 「・・・今夜、行ってもいいんだよね?じゃぁ・・・・・・あんたを忘れたくても忘れられないようにして。」 これ以上は無いと言う程この人らしくない明け透けな誘い文句を胸に、俺はユーリの手を取った。 ※ ※ ※ 「先ずは汚れを落としましょう。ズボンの裾が濡れますが・・・自分で脱ぎますか?それとも、俺が脱がせましょうか?」 湯を張った桶を手に尋ねれば、『自分で脱ぐ!』と顔を真っ赤にして息を巻いたユーリが何とも大胆に夜着のズボンに手を掛け、乾いた衣擦れの音と共に床にそれを落とした。 「では。そこへ腰を掛けて。・・・洗ってあげますから。」 寝台の端に座らせ、その前に桶を置く。 「さ。」 「自分で、」 「好きでするんですから気にしないで。ほら、足を出して?」 笑顔と引き換えにしぶしぶ差し出された足を桶に浸し、石鹸を使って丁寧に汚れを落とす。そして幾度か湯を替え、綺麗に洗い流してタオルへで足を包みこむ。 華奢な足だ。 外を走り回るのが好きだとは言え、それでも踵はやわらかく、薄紅色のつま先に慎ましやかに乗った桜貝のような爪が何とも可愛らしい。 その指を一本、また一本と丁寧に拭って。 「・・・っ。」 先ずは右足。その小指。 方膝をついて踵を乗せて、甲を両手で包んでそっと含めば、ふくらはぎがぴくりと痙攣して夜目にも解るほどの緊張を示す。 「きたない、よっ。」 「たった今、洗ったばかりですけど?洗いようが足りませんか?」 「充分足りてるけど、でもっ。」 ぴちゃり。 わざと音を立てて舐めれば、息を詰めて、唇を噛んで、慣れない感触耐えかねて・・・直視出来ずに顔を背けようとする。 ならば。 目で見ようとしないのなら耳で何をしているかを解らせるまで。 ぴちゃ、くちゅ・・・っ。 小指から薬指へ。そして中指から人差し指・・・親指。丁寧に、丁寧に、爪の間を、指の股を、関節の裏を、舐めて、吸い付いて。 「・・・悪戯すんの、止めろよっ。」 「してませんよ?」 「してるから言って、」 「してませんよ。ほら・・・気持ち良いでしょう?」 「ん・・・っ!」 銀の糸を滴らせ、もう片方の足にも舌を這わす。 固く目を瞑ってシーツを握り締めて。必死に声を上げまいとしているが目元に浮かぶ艶色が心地よさの証だ。 「忘れえぬ夜に、と望んだのはユーリ自身でしょう?」 「そりゃそうだけど、でもっ。」 「でも、何?」 少しずつ、少しずつ。甲から踵へ、そしてふくらはぎへ。口付けながら、擽りながら、撫でながら、舐めながら、時に食んで、吸って、痕を残しながら上を目指す。 「こんなの・・・コンラッド、擽ったいよ・・・。」 「それだけ?」 膝頭に口付けて。 「それだけじゃないでしょう?」 膝裏に手を差し入れて、太腿に大胆に唇を這わせば大きく体が戦慄く。 「やだ・・・っ。」 嫌な訳が無い。 本当に嫌なら全身で拒絶すればいい。しないのは、快感に溺れそうだから。 「気持ち良い?」 柔らかい肌を掠め、口付けて。舐めて、擽って、赫い花を散らしながら。左右両方共に平等に愛撫を繰り返す。・・・決してそれ以上へは進まずに、言葉よりも雄弁に快いと語る薄布に包まれたそれには決して触れぬよう、ぎりぎりまで唇を這わせては、とって返して、焦らして、煽る。 「ん・・・っ、いじ、わるっ。」 「そうかもしれない。でも、」 ふ、と息を吹きかけただけでぴくんと跳ねるそれを横目に、担ぎ上げた足の付け根のくぼみに吸い付いて。 「言わないユーリが悪い。」 ちゅっと音を立てて離れ、反対側にも喰らいつく。吸って、舐めて、さらに際どくなった境目を擽って。 「ちゃんと答えてくれたらこの先も同じようにしてあげるよ?」 乱れた息の下、潤んだ瞳で見下ろす彼の瞳を見返して。 小刻みに震える彼の答えをじっと待つ。 「・・・・・・もち・・・い。」 しん、と静まりかえった室内に居てさえも、耳をそばだてなければ聞き取れ無い程小さな声。でも。 「・・・んぁっ!」 『キモチイイ。』 確かに唇が音を刻んだから。 「・・・ぅんん・・・っ。」 小さな布に窮屈そうに収まったそれを布越しに舐めればさらに質量を増す。その反応を楽しみながら形を確かめるように下から上へと指先で撫で、掴んで、擦り上げて、薄布を引っ張って先端の形を際立たせて口に含むと、じんわりと、でも確かな涙の味が広がって、思わず微笑みが浮かんだ。 俺でこんなにも感じてくれる、その事がこんなにも嬉しい。 でも。 ちらちらと浮かぶ、思い出になりきっていない記憶の欠片が俺を苛んで。 「おねが・・・い、ちゃんと、なめて・・・。」 ふるふると震えながら。今にも溢れそうなほどの大粒の涙をその瞳に湛えて、恥かしさに耐えながらも布越しのもどかしさを口にするユーリの意のままに、とは思えない。 「今宵はご自分で脱ぐんでしょう?」 「な・・・っ!」 無視してそのまま愛撫を続ける。 執拗なまでに先端を舐め、くびれに吸い付いて、根元を擦り上げて。 「や・・・あんっ、やだ、コンラッドっ。」 煮え切らない快感に身を震わせるユーリを無視して、唾液を含んでぐっしょりと濡れた布越しに、歯を立てて。 じゅ、と音を立てて先端から涙を吸い出そうとすれば嫌がるように俺の髪に指を埋めて頭を押すが、腕にも指にも力が篭っていないから何の意味も無い。 だからその抵抗を是と取って。 左手で腰を引き寄せ、右手でもって強く握って。 「だ・・・めっ、そんな、したら、おれっ・・・!」 「俺は全然構わないよ?」 ぐちゅぐちゅと淫猥な水音を立てるそこを乱暴に刺激すれば、焦らされた分だけ激しい快感を伴って、がくがくと震える体が頂点が近い事を知らせてくれる。 頃合か。 抵抗らしい抵抗をしない指先を振り切って、はちきれんばかりに布を押し上げる先端を再び口に咥え、甘噛みを繰り返せば。 「んっ、や・・・・っ、いっちゃ・・・!」 手の中で震えながら、口の中で数度戦慄いて。 「ごめ、コンラッド・・・!」 「辛いだろう?横になるといいよ。」 大きく肩を上下させながら俺の肩に手を当てて体重を支えるユーリの腕を取って、背中を支えてゆっくりと横たえる。 「コン・・・ラッド。」 はぁはぁ、と。 乱れた息の合間をぬって、俺の名を呼ぶ口に軽い口付けを落として。 涙の伝う頬に口付けて、舌で涙を掬い取って、目頭に唇を押し付けて。体を起して、最早用を成さなくなった布切れに手を掛ける。 「脱がせて欲しい?それとも。」 「・・・じぶんで、ぬぐ。」 意地を張り通す彼がいとおしく、深い笑みを刷いた俺を濡れた瞳で睨みつけて、ゆるゆると、シーツの上を腕が泳ぐ。 音も無く。 唯一と言ってもいい乾いた紐を引けば、本来ならば布は滑り落ちる筈。でも俺の唾液とユーリ自身の零したものによってしとどに濡れたそれはぴたりとまとわり付いて離れない。代わりに緩められた脇から甘い蜜が、つぅ、と花散る肌を静かに伝う。 それを物欲しげに横目で見ながら。 「上は?自分で脱ぐ?それとも・・・着たままがいい?」 『俺に脱がせて欲しくはないんだろう?』 遠まわしに問えば『いじわる』と唇を尖らせて。 「力、入んない。・・・脱がせて。」 「いいよ。脱がせてあげる。」 婀娜めいた声に気を良くし、ぷつり、ぷつりと一つずつ釦を外す。そして浮かび上がった肌は艶やかできめ細かくて、手触りが良いくて。その滑らかさに目を細めて。 「・・・綺麗だね、ユーリ。」 「ばか。綺麗って言われて喜ぶ男がいるかよ。」 「でもユーリは俺に言うよ?『コンラッドは綺麗だ。』って。それはいいの?」 「それは・・・だって、あんた、ホントに綺麗だから・・・・・・んっ。」 首筋に顔を埋めて耳朶を食む水音は、俺より余程ユーリにいやらしく響く。 「ぁん、コンラッド・・・。」 「ん?」 耳孔に舌を差し入れれば、ほんの少し熱の収まりかけていた体に再び火が点って首筋まで朱に染まる。その変化を愉しみながら、手を胸に・・・花芯に這わせて。 「コンラッド・・・。」 「なに?ユーリ。」 鼻にかかった甘い呼び声に口付けで答えて。 「そのまま・・・聞いてくれる?」 「いいよ?」 汗ばんだ前髪を掻き揚げて。露になった額に、目元に。眉間に鼻に、頬に顎。次々と口付けを落として・・・。 「今日、村田に会ったんだ。」 首筋に唇を這わせる直前。ぴたり、と止まった俺の髪にユーリの細い指が滑り込む。 「・・・続けて。」 「・・・・・・。」 背筋に冷水を浴びせられた気分。 閨で他の男の名前を聞けと言うだけならまだしも、世界中で誰よりもユーリを愛する俺に、睦言ではなく猊下との間にあった出来事を聞かせながら、変わらぬ愛撫を求めるのだと言う。 ユーリ。 貴方と言う人は。 「すごく・・・勝手なお願いだって解ってるけど・・・コンラッドに聞いて欲しいんだ。」 暗がりよりも昏い焔が揺らめく。 「どうなっても知らないよ?」 それでも良いと言うのなら。 好きなだけ話すと良い。 ※ ※ ※ 聞いて欲しかった。 俺がした事は間違い無くコンラッドを怒らせる事だと解っていたけど、それでも聞いて欲しかった。 だって俺は知らなかったんだ。 永遠に覚えていられる事の幸運より、永遠に忘れる去る事の出来る確かな幸せを選びたいと願う、村田の心を。 幾度も羨ましいと言った。 実際、幾度も羨んだ。 でもそれが、忘れる事を許されない彼をさらに傷つけていた事に気がつかなくて。 「彼女の命日なんだ。」 いつも飄々とした村田が寂しそうに笑う。 「ずっとね。ここで、血の涙を流すんだ。・・・彼が好きで好きで仕方ないってね。」 そっと自分の胸を押さえて。 「過去なんて所詮映画だと思うけど、それでも時にこうして痛み出す。特にこんな秋晴れの澄み渡ったお天気の日にはね、忘れたかった思い出がスクリーンに映し出されるように鮮明に蘇るんだ。・・・僕は、僕達は、誰しも繰り返す転生の中で味わった記憶の全てをこの魂に刻んでる。それを皆忘れて生まれてくるけど、僕はつぶさに思い出す事が出来るんだ。死の恐怖も・・・気の狂いそうな慟哭も、全てね。」 苦しそうだった。 いつも余裕たっぷりな村田らしくなかった。 眼鏡の奥の、俺と同じ黒い瞳が涙も無しに泣いている気がした。 だから、だと思う。 「俺に何か出来るか?」 気が付いた時にはそんな事を口にしていた。 「・・・慰めてくれるの?」 「どうしたらいい?」 「じゃぁ・・・・・・・・・一度だけでいい。僕を抱き締めて・・・そしてキスしてくれないか?」 可哀相だった。 可哀相と思う事自体が『大賢者』に対して失礼な事なのかもしれないけど、それでも『大賢者』では無く『村田』を友達に持つ俺は、『大賢者』であるが故に過去の悲しみまで背負わなければならない『村田』が可哀相で仕方が無かった。 だから。 「それでおまえが楽になるなら。・・・・・・いーよ。来な。」 「ありがとう。」 コイビトのある身でする事じゃない。 もし反対にこれがコンラッドのした事だったら俺は泣いて、喚いて、無遠慮に彼を殴って、部屋に閉じこもって散々皆を困らせただろう。 俺がした事は村田の辛さを引き受ける代わりにコンラッドを傷つける事。 だから言わずにいようと思ってた。 でも引き受けてしまった『村田』の辛さが、思った以上に俺に俺の罪を見せつけた。 『忘れる事も思い出に変える事も出来ない、過去の人の記憶を引き摺る辛さ。』 それに気付かず、幾度も羨んで、俺は何度も村田を傷つけた。 だから、せめて、その事だけでも俺は村田の魂から消したかった。 自分の罪を消したかったんだ。 勝手だって解ってる。 我侭だって解ってる。 甘えきってるって解ってる。 でも俺は、あんたしか助けを求める相手を知らないんだ。 お願い、コンラッド。 あんたに溺れて、あんたの反応を見ないようにしながら告白する事しか、方法が思いつかなかった俺を許して。 お願い、コンラッド。 俺にはあんたが居るって事を刻み込んで。そして、この辛さを忘れさせて・・・こんな事もあったねって、この辛さを思い出に変えて欲しいんだ。 俺が思い出に変える事が出来たら・・・きっと村田も忘れる事が出来るから。 ・・・無理ばっかり言ってごめんね、コンラッド。 ※ ※ ※ いつもよりも羞恥にまみれた愛撫の合間に聞いた閨物語。 それを聞き終わって、俺は。 「呆れて二の句が継げない。」 「だって・・・あんっ!ぁ、ん、あっんんっ!」 ぱしん、と肌のぶつかる乾いた音。そして唾液とユーリ自身から零れ落ちたものによって生まれたぐじゅぐじゅという粘着質な音でもって責めたてれば、熱気に満ちた室内にあられもない嬌声が響く。 口の端から唾液を零して、さながら気の触れた者のように首を振って。 幾度となく穿たれる蕾からの刺激に背筋を戦慄かせて、指先が白くなる程シーツを掴んで。 「貴方が優しい事は知ってる。だけど貴方には俺という恋人が居るだろう?引き受けていい頼み事とそうでない事の区別くらいつかない?」 「・・・や、ぁっ。そんな、しちゃ、だ・・・めぇっ。あ、あんっ!」 「聞いている?ユーリ。」 「きい、て・・・るっ。」 仰け反る白い喉を見ればとてもでは無いが聞いているふうには思えない。 「全く。ちゃんと俺の話を聞けない子にはお仕置きが必要だね。」 「ぁ・・・や、ぬいちゃ、やだっ。」 溜息と共にずる、と自身を引き抜けば、欲に染まった瞳を瞬いて、涙を伝わせながらいやいやをする。 「ねぇ、コンラッドぉ・・・。」 口元へやった人差し指をきゅ、と噛んで。甘えた素振りで俺を呼んで。 「ね、おねがい・・・。」 腰を持ち上げて強請る淫らな姿を見れば意地も通せないというもの。 「ちゃんと言う事を聞ける?」 ひくついて寂しがる入り口に二指を差し入れ乱暴にかき回せば、さらに淫蕩に乱れて俺を誘う。 「きく、からっ。おねが・・・いれてぇっ。」 少しでも正気が残っていれば絶対に口にしない言葉で強請っている事自体、既にユーリが完全に快楽に溺れていて反射的に答えているに過ぎないと証明しているけど。 「そんなに欲しい?」 「や、だっ、いじわる、しな、いでっ。」 「じゃぁ、俺を頂戴って言ってご覧?」 「んっく、ちょうだ、いっ。コンラッドを、おれに、ちょうだいっ!」 「そう・・・そんなに欲しいなら。」 指を引き抜いて、見せつけるように舐めて。酷薄な笑みを浮かべて、彼以上に欲にまみれた瞳で見下ろして。 「自分で広げて?」 「・・・こぉ?」 戸惑いながらも蕾に指を添え左右に押し開くユーリのふしだらな姿が秘せられた淫靡な一幅の絵画のように見え、雄を刺激され、頭の中で何かが弾ける。 「いくよ?」 答えを待たずに。 「・・・っ!!」 脚を抱え、あてがって、遠慮の欠片など微塵も無く熱く熟れた中へと突き進む。 突き上げて、引き戻して。縋るものを捜して宙を掻く手を背中へ回し、回したが故に背に覚えた痛みに眉を顰めながら、全ての感情をユーリに、ユーリの中にぶつける。 そして。 「約束、するんだ。もう二度と、猊下に頼まれたからといって、口付けなんか、しないって。」 「す・・るっ、からっ、ぃあっ、んっ、もっとぉっ。」 「俺、以外の誰とも、しないって、誓える?」 「ちかうっ、からぁっ!」 波に呑まれそうになりながらも、言質を取る。 取ったからと言って安心は出来ないけど、でも。 再び咥える事の叶った喜びのままに俺を締め付けるユーリの中にいては、これが限界。 ユーリの頬に、首筋に、胸元に。ぱたぱたと汗が滴り落ちる。 二人分の汗を吸ったシーツが重く湿り、焼き切れそうな意識の中で、うねる奔流が貪欲に俺を貪る。 「ふっ、あっん!もっと、おくまでっ!」 「ユー、リっ。」 乞われるがままに更に奥まで蹂躙すれば、もっと、もっとと喰らい付く。 誰より綺麗で、美しく、慎ましく、そして淫らで、奔放なユーリ。 貴方の欠点は無自覚な事。 惜しげも無くその魅力を存分に振り撒く貴方を繋ぎとめる事の難しさを、その努力が並大抵では無い事を、いつか解って貰えるだろうか。 「あいし、てる、コンラッド・・・っ!」 「俺も、だよ、ユーリ。」 濃厚で濃密な夜に二人で溶け合って。 忘れえぬ記憶を互いの魂に刻み付けて。 「いって、ユーリっ。」 「コン・・・ラッド・・・っ!」 ※ ※ ※ どんなに時が流れても忘れる事が出来ない体質を恨んだ回数なんて、数え上げればキリが無い。 蘇る記憶が直前の人のものであれば尚更の事、この体質を呪わしく思う。 生まれ変わっても感情を引き摺らなければならない苦しさを、何故僕だけが背負うのだろう。 生まれ変わっても記憶が残ると知りながら追いかけた、報われない恋心を一体誰が救ってくれるんだろう。 眞王、そして古の大賢者。 思えば全てがそこから始まった。 『お嬢さん、鍵を落としましたよ?』 この魂の襞に刻まれた思い出。 彼女のたった一度の恋。 忘れえぬあの人の、得られなかった『私』にだけの微笑み。 その微笑が欲しくて。堪らなく欲しくて・・・・ 貴方にお願いがあるの。 どうか、一度だけでいいから私を抱き締めて。 貴方の笑顔はあの人の笑顔にとてもよく似てるから。 貴方の温もりは私が欲しかったあの人の温もりにとても似てるから。 私の為に一度だけ。 死してなお、涙を零す私を哀れと思うなら、思いを引き摺る私を少しでも可哀相だと思ってくれるなら。 たった一度だけ、抱き締めて・・・そして口付けて。 今日が私の命日だから。 私の恋に餞を頂戴? それで私は魂に刻まれた傷をひとつだけ癒す事が出来るの。 次の魂の持ち主へ、ひとつだけでも傷を癒した記憶を渡す事が出来るから・・・。 「・・・なぐさめて欲しいんだ。未だ僕の中で泣き濡れる彼女を・・・どうか救ってあげてくれないか?」 そっとこの胸を押さえて。 彼女が恋したあの人の面影を宿す君に願う。 どうか彼女を・・・僕を助けて欲しい、と。 |
| アヤさまへ。 おたんじょーび、おめでとーvv 大好きなアヤさまへ、コンユよりお誕生日プレゼントをお届けに参りましたw 「ホント俺達の生態でよかったの?」 「生態と言うより性態ですが。・・・書き手の未熟さが故にイマイチ臨場感に欠けますが、ここはもうお許し頂くしかありませんね。さ、ユーリ、謝って。」 「あうっ。・・・ご、ごめんね、アヤさんっ、こんなので、ほんとごめんね〜っ。・・・って。あんたは謝んないのかよ。」 「俺?・・・くすっ。」 「何で笑うっ!?そこ、笑うトコじゃねーしっ!」 「だってほら。俺は攻めだし・・・謝るのは受けのする事でしょう?だったらユーリが・・・ね?」 「・・・っ!いっぺん死んで来い、エロ魔人っ!!」 とー、言う事で。こんなのでごめんねー!! いじょ、ソラでしたっ。 2005.09.24 ありがとうございます〜っっ!! きゃーきゃーっ誕生日祝いにこんな素敵なものが貰えるとは!! どどどどうしよう?!鼻血・・・出血大サービスしちゃってもいいですか・・・? いや、こんなもん送っても嬉しくないって(==;) でもでもっ本当に嬉しいです!! コンラッドの複雑な心情に気づいてながらも、頼らずには居られないゆーちゃん。 でもあんまり次男を苛めちゃダメよ!後が恐いからね・・・。 ホントにホントにありがとうっ!! ソラさんは永遠の友よー!! 愛してるわっ(笑) |