flu...
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 げほげほごほっ
 朦朧とする意識の中で、おれは気だるい体を叱咤した。
 咽喉が焼けるように痛い。頭も。
 関節も軋むような痛みを訴えているし、ともなれば凄まじい寒気に身を震わせる。
 喘息もちでもないのに、咳が止まらずぜーぜーと荒い呼吸を繰り返して。
 ヒュ、と咽喉がなった瞬間に、咽喉の痛みを訴えながら断続的に咳を繰り返していた。
「・・・しんど・・・」
 正直、こんな自分はありえない。
 健康優良児がおれのモットーだったのに、この様は何だ?
 40度近い熱に魘されて、おれは枕を懐に抱きこんだ。

 インフルエンザ。

 まさか生きているうちは絶対かからないだろうと思っていたものにかかるとは。
 食べ物も受け付けず、無理やり胃に詰め込んだところで戻すと言う現状。
 取り敢えず薬を飲んで治すしかないので、大人しくベッドに横になっているのだが・・・治るどころか一向に引かない熱が恨めしい。
「・・・コンラッド・・・」
 その名を呼んだところで現れるはずもない。
 今自分がいるのは地球の自分の家の自分の部屋。
 やっとコンラッドがおれの元に戻ってきてやれやれと息をついたのも束の間、村田のせいで地球に帰還したおれを待ち受けたのが、コレ。
 気が弛んだせいもあるのだろう、戻って1ヶ月もしたころ突如おれを蝕んでくれたのだ。
 今家には誰もいなくて、静寂の中におれの荒い呼吸音だけが響いている。
「・・・っごほごほ!」
 ・・・・辛い。
 この状態のせいで、夜もまともに眠れないのだ。
 むしろ夜になると眠気に反して目が冴えてしまい、今では立派な不眠症者。
「・・・コンラ・・・ド・・・」
 無意識に呼ぶ名。
 それが自分で言っている事なのか、もうほとんど判断できてない。
 辛い、苦しい。
 夜が恐い。
 眠りたいのに眠れない恐怖は、きっと誰にもわからないだろう。
 叱咤した体を引き摺って、抱き込んでいた枕を放すと浴室へと向う。
 いい加減汗ばんだ体が気持ち悪い。
 ・・・いや、そうじゃないだろ。
 向こうに行きたい、彼に逢いたい。
 このインフルエンザのせいで、おれの精神は限界だった。
 心細さに、求めてしまう。
 いつもかからなかったせいで、突然自分を蝕む恐怖にどうしていいのかわからない。
「・・・こん・・・・ら・・・・・・」
 うわ言の様に求める者の名を繰り返し、たどり着いた浴槽に溜められていた水に手を浸す。
 ひんやりとした冷たさが、熱を持つ体に心地いい。
 そのまま、次に訪れるであろう感覚に身を委ねて、おれはゆっくりと瞼を伏せた。

 + + +

 ゆっくりと浮上する感覚に、重い瞼を押し上げる。
 目の前に広がるのは、濃紺のの空と輝く星たち。
 どうやらこちらは、今は夜だったらしい。
 視覚は空を捉えたままぼんやりと考えていたが、聴覚では近づいてくる足音に傾いていた。
「・・・・か、陛下っ」
「・・・あー・・・」
 来れたんだ・・・。
 望んでいた地に。求めている相手に逢いに。
 遠くから走ってくる者の声はまさに自分が求めている相手で。
 長い間人に心配をかけて、裏切りの名に甘んじて塗れ、やっと帰ってきたおれの恋人。
「陛下、お帰りなさい」
「・・・コンラ・・・っごほごほ!」
 ヒュ、っと咽喉が鳴り激しく咳き込む。
「水でも飲んで・・・・ユーリ!?」
 引き上げられた感覚にホッとしたのも束の間、「名づけ親」兼「護衛」兼「保護者」兼「恋人」のウェラー卿コンラートは愕然とした面持ちでおれの名を呼んだ。
 彼らしからぬ切羽詰った声。
「熱があるじゃないかっそれにこの格好・・・風邪ですか?」
「・・・ねが・・・、耳元で、騒がないで・・・」
 頭痛を訴えている頭に響くのだ。
 ぐったりとしているおれの体に自らが着ていた上着を掛けて、近くにいた兵にギーゼラを寄越すよう言伝ると、抱き上げたおれを抱えたまま足早に城の中へと向った。
 どうやら今回は血盟城内の噴水にでも繋がったらしい。
 抱えられる腕からコンラッドの体温が伝わってくるはずなのに、寒くて仕方がない。
 震えるおれの体をぎゅっと抱きしめて、コンラッドは目的の部屋へと急いだ。
 そこは、おれの予想していた場所ではなくて。
「・・・コ・・・ラッド・・・?」
「あの場所からは俺の部屋が一番近いので。取り敢えずすぐにお風呂に入ってください。体を暖めないと」
 そう言うや否や、コンラッドは自室に設置されている浴室へとおれを抱えていく。
 用意周到と言うべきか、すでにそこには湯が張られていて、コンラッドはおれの服を手早く脱がせると浴槽の中へと沈めた。
「・・・いい、コンラッド・・・。あと、一人で出来る・・・」
「体を動かすのもやっとのように見えますよ。・・・何でこんな状態で・・・」
 彼の柳眉が歪む。その目は、本当におれを気遣っていた。
 そんな彼に申し訳なくて、おれはごめんな、と呟いた。
「どうしても・・・逢いたくて・・・。」
「その言葉は嬉しいですが、無茶はダメですよ。いつから風邪を?」
「2日前・・・くらいかな・・・。これ、ただの風邪じゃ・・・ないんだ。」
 だから、そう簡単には治らないよ、と。
 恐らくギーゼラの力でも大して状況は変わらないだろう。
 通常の風邪なら彼女の力を持ってすれば1、2日で治るだろうが、コレはインフルエンザだ。
 一週間は絶対安静、しかも引き始めから3、4日は高熱を伴う。
 病院から貰ってきた解熱剤は向こうに置いてきてしまったから、あと2日はこの熱に魘されることになる。
「一週間、すれば・・・治るから・・・心配、すんな・・・」
 だから、その間は誰もおれの傍に近寄らせないで欲しい。
 そう告げると、コンラッドは痛みを飲み込むような瞳でおれを睨みつけてきた。
「何故?」
「・・・うつる・・・から・・・。インフルエンザは・・・こっちには、ないだろ・・・?厄介なだけに・・・流行病になっちゃ、困るし・・・」
 本当は、コンラッドにだけは傍にいて欲しいけれど。
 そう思ったから、だるい体を引き摺ってスタツアもしたんだけど。
 だけど、こちらに着いた途端、この病状のことを思い出してしまった。
 インフルエンザはそこら辺の風邪とは違う。眞魔国にもそれ相応の病気はあるだろうが、インフルエンザは恐らく存在していないだろう。ならば、今回自分が持ってきてしまったことで流行病になりかねない。
 それだけは、防がなければ。
 自分の大好きなこの国に、そんな厄介な病気を持ち込んでしまったと今更気付いて遅いと思うけど。
「だから・・・あんたも、もう・・・」
「それはできない」
 おれの言葉を遮って、コンラッドは真撃な眼差しで断言した。
 湯の中に浮遊するおれの左手を取って、安心させるようにぎゅっと握り締めて。
「ちゃんと、眠れていましたか?目の下に隈が出来てる・・・。」
 そっと触れた指先が、おれの頬を撫でた。
 荒い呼吸を繰り返す唇にその指先を触れさせて、触れるだけのキスをする。
「だ・・・めだ・・・て」
 力ない抵抗に、やはりコンラッドは顔を曇らせた。
「そんな体で、心配するなと言う方が無理だ。眠れてないでしょう?」
 これ以上長湯は無意味だと感じたのか、コンラッドはおれの体を湯船から引き上げる。
 少し熱めの湯に対して、おれは汗一つかいていない。
 それだけ、体が不調だと言うことだ。
「随分と熱が高いし、咳も酷い。ギーゼラの力でいくらかでも和らげばいいんだけど・・・」
 元々置いてあるおれの服を着させられて、コンラッドのベッドに降ろされた。
 まぁ、通い詰めていたから服があるのは当たり前なのだが、何故かその事実がちょっとだけ恥かしい。
「何かお腹に入れるものを頼んできますから、少し寝ててください。」
 そう言ってコンラッドは扉の向こうへと姿を消した。
 寝ててくださいと言われても・・・。
 治すには睡眠が一番大事だと重々承知だ。しかし、寝れない。
 風呂に入って体も暖まったはずなのに、先以上の寒気がおれを襲う。
「さむ・・・」
 コンラッド・・・。
 こちらの世界にいても、彼は傍にいない。
 そう仕向けようとしたのはおれだし、それで間違っていないともわかっている。
 だけど・・・。
「コン・・・ラッド」
 淋しい。恐い。
 一人は心許無い。
 一人にしないで、傍にいて。
「・・・・ら・・・・ど」
 ひくん、と体が一瞬仰け反って。
 押さえていたものが、堰を切ったように吐き出された。
「げぇっ・・・ぐっ・・・ごほっ!」
 形を成すものなど何一つ無い。
 胃液に咽喉が焼ける痛みがある。
 それでも止まらない吐き気に、おれは涙を浮かべて喘いだ。

 コンラッド・・・・・・・・・・・・・・・




 ひんやりとしたモノが、おれの額に宛がわれる。
 それは、延長線上のように髪へと手を伸ばし、そっと撫でた。
 体全体を包まれている感覚と、耳に聞こえる誰かの心音。
「・・・・?」
 身じろぐと、その正体はおれから手を離さずに声を発した。
「起こしてしまいましたか?」
「・・・・こ・・・んら・・・っごほごほ!」
 声が、頭上から落ちてくる。
 おれは見上げることもできず、ただその声に耳を傾けた。
 背中を、慣れた手つきで撫でられる感触に呼吸が幾分楽になった。
「まだ、吐き気とかありますか?」
「・・・」
 力なく首を横に振る。
 驚くほどに先程よりも体調はよくなっていた。
 まだ咽喉の痛みと咳は変わらず酷いが。
「ギーゼラの治療が少しは効いてるみたいですね。」
 ギーゼラさん、来てくれたんだ・・・。
 彼女に治療された記憶は全く皆無だ。恐らく自分が意識を失っている間に来たのだろう。
 漸く収まってきた咳に体の緊張を解いて、自分を包む存在に身を預けた。
「この体勢辛くないですか?咳が酷そうだったから起こしたんだけど」
 ベッドの上で背凭れに身を預けるコンラッドにおれは抱きしめられていた。
 彼の問いかけにもゆるりと首を振って、自分を囲む腕にそっと触れる。
 ふと、ベッドのシーツと自分の着ているものが替えられていた事で、おれは自分の醜態を思い出した。
「・・・っごめ、おれ吐いちゃっ・・・」
「大丈夫です、気にしないで。・・・向こうでは何も食べていないんですか?吐いたものを見たら胃液ばかりだったから・・・」
「・・・食べてたんだけど、全部吐いちゃって・・・」
 体が食事を受け付けない。挙句睡眠さえ拒否しようとする。
 これでは治るどころか、病状が悪化するばかりだ。
 コンラッドは僅かに身をずらしておれの体を背凭れに預けると、自分はベッドから降りてテーブルから盆を持ってきた。
「・・・何・・・?」
「日本で言うお粥みたいなものですよ。あっちのものより、幾分スープに近いものだけど」
 皿の中にある小さな固形物と液体を一緒にスプーンに掬い取って、おれの口の前に持ってくる。
「これなら胃に負担にならないと思うから、食べてみてください」
「・・・ごめん、食欲無い・・・」
「食べないと薬、飲めないよ?」
「インフルエンザ用の薬、全部置いてきちゃったし」
「ギーゼラが処方してくれました」
 ほら、と枕元に設えてあるサイドテーブルから紙袋を持ち上げて、目の前で振った。
 しかし、それでも渋い顔で黙っているおれに、コンラッドは小さく、だけど強い意志を持って呟いた。
「・・・お願いだ、食べてください。これじゃあなたの体が持たない」
「コンラ・・・・うぐ」
 ・・・それはちょっと強引過ぎやしないでしょうか・・・。
 口を開いた瞬間にスプーンを突っ込まれ、おれは否応無くそれを飲み込んだ。
「げほっ・・・コンラッド〜」
「ほら、もう一口。ちゃんと食べて、いっぱい睡眠取ってください。そうすればすぐに治りますよ」
 じろりと睨んだところで、返されるのはいつもの爽やかな笑顔。
 おれはその表情に抵抗する力を削がれて、やむなく差し出されたスプーンに口を付ける。
 そのせいで、彼がとても安心した表情をしたのを見逃したわけだが。
「ごちそーさまでした」
「お粗末さまでした。じゃぁそこの薬飲んで寝ててくださいね。俺はこれを片付けてきますから。」
「え・・・?」
「すぐ戻ります。じっとしててくださいよ?」
 コンラッドはにこりと微笑んで、完食したスープの皿を持ちベッドから離れる。
 だが、一歩を踏み出したところで動きを止めた。
「・・・・ユーリ?」
「行くな・・・」
 おれはコンラッドの服の裾を掴んで彼の瞳を見上げる。
「すぐに戻ってきますから・・・」
「やだっ」
 いやいやと、子供が駄々をこねる様に首を振って、両腕をコンラッドの体に巻きつける。
 行かないで。
 一人は嫌なんだ。
 もう、一人で夜を過ごすのは嫌だ・・・。
 コンラッドはそんなおれにちょっとだけ驚いて、すぐに優しい色をその瞳に宿した。
「・・・・大丈夫、ここにいるから。ユーリが眠りにつくまで手を握っているから、恐がらないで。」
 一人になんかしないよ。
 そう囁いてコンラッドは皿をテーブルに置くと、おれの体を抱き寄せてベッドの中へと潜り込んだ。
「こ、コンラッド・・・?」
「人肌って安心するでしょう?」
 そう言って、コンラッドはおれを囲う腕に力を込めた。
 馴染んだ匂いと気配に、おれはすぐさま睡魔に襲われる。
 更なる温もりを求めて、おれはコンラッドの胸に擦り寄った。
 くすりと、笑い声が耳に届く。
「ユーリ」
「・・・ん?」
「逢いに来てくれてありがとう。嬉しいよ」
 見上げるとそこには、本当に嬉しそうな満面の笑みのコンラッドがいて。
 おれまでつられて、フワリと目を細め微笑んだ。
「・・・大好きだよ、コンラッド」
「うん、知ってるよ」


 ユーリ以上に、俺のほうが好きですけどね。


 耳元に低く囁かれ、顔を赤くしたおれの顎を掬い取ってキスをする。
 そうして二人で笑いあって、互いの温度を確かめ合って、ゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。

 + + +

 それから5日後。
「何故そういうことをもっと早く僕に言わないんだっっ!」
「いやだってほら、お前自分のとこに戻ってたんだろ?わざわざ呼び戻すほどでもないしさ・・・」
「だからってコンラッドに看病してもらっていたとはどういう了見だ!このへなちょこの尻軽ッッ」
「褒めてるのか貶してるのか、どっちかにしろーッ」
 別に褒めてはいないと思うんだけどなぁ。
 愛しい人(ユーリ)と弟のやり取りを眺めながら、コンラッドは苦笑を零した。
 先ほどヴォルフラムが帰って来てからずっとこんな調子だ。
 これでギュンターまで混ざったものなら、考えるだけでも空恐ろしい。
 ・・・早いとこ逃げた方がいいかな。
 コンラッドは未だ攻防を続ける二人の間に割って入り、さり気なくユーリを背後に匿った。
「はいはい、そこまでにしておけヴォルフラム。陛下はまだ病み上がりなんだから。」
「陛下って言うな名付け親!ってーか、何であんたはうつんなかったんだよ・・・」
 あんなに一緒にいて、しかもキスとか・・・他の事までしておいて、どうしてこんなにピンピンしているのだろう。
 おれが胡乱な眼差しをコンラッドに向けると、彼はその人好きのする爽やかスマイルで。
「当たり前でしょう、鍛えてますからね。さぁ、そろそろギュンターも帰ってきます。天気もいいし、風邪も治りましたから、せっかくだし遠乗りにでも行きませんか?」
 最後の方はヴォルフラムには聞こえないよう、わざとらしく俺の耳元で囁く。
 おれはにんまりと笑って、乗った!と叫んだ。
「だからっ僕のことを無視して話を・・・」
「悪い、ヴォルフラム。話はまた後で聞くからさ!」
 そう言い置いておれは一目散に走り出した。
「こらっユーリ!!」
 背後から聞こえるヴォルフラムの声にヒーっと首を竦めて。
 だけど足は止めずに。
 夜とは違う、蒼穹の青空の下へ、大好きな人と共に駆け出した。


 +END+


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