風が見る午後




 さらりと吹く風。
 風に靡く柔らかな髪。
 まるで踊るようなその髪は、持ち主を宥めるように精悍な頬を撫でた。



「・・・あちゃー、ちょっと待たせすぎた?」



 大木の前で、その木へ背を預け眠る恋人の姿にユーリは頬を掻く。
 午後、ギュンターの抗議を受けて部屋を出てきたのは今から20分ほどまえのこと。
 何故約束のこの地まで来るのにタイムレスがあるのかといえば、それは偶々部屋の前を通ったヴォルフラムに掴まり、絵のモデルになれと強要され、それから逃れるべく城内を駆け回っていたせいなのだが。
「良く眠ってるなー」
 間近に迫りまじまじと顔を見つめる。
 こんな距離で見るのは、以外にもこれが初めてかもしれない。
 ・・・いや、夜の褥で無きにしも非ずなのだが。
「やっぱ、ちょっと疲れてるっぽいかも」
 目の下に薄っすらとだが隈が出来ていた。
 髪の跳ね具合や服装を見ても、少々草臥れている感が否めない。
「・・・お疲れさま、コンラッド」
 眠るコンラッドのすぐ傍に手をつき、ちょん、と唇を合わせた。
 一瞬触れ合い、溶ける体温。
 それでも起きないコンラッドにやっぱり苦笑を零し、ユーリは彼の隣に腰を下ろす。
「・・・・・・」
 長閑な、とても長閑な午後だ。
 目の前を通り過ぎていく風は、何処までも穏やかで軽やかで。
「・・・っと」
 ずり下がってきた頭を、ユーリはそのまま横倒しにし自らの膝の上に乗せた。
 すぴぴ、すぴぴと気持ち良さそうな寝息は今もまだ続いたまま。
 つん、と頬を突いてその感触を楽しむ。
「・・・あふっ、・・・おれまで眠くなってきた」
 涙の浮かんだ目尻を人差し指の背で拭い、こつりと背後の木に頭を預けた。
 そうすると、自然と忍び寄る心地よい睡魔。
 ゆっくりと瞼を下ろし、鳥の囀りに耳を傾けた。






 ふと、風の向きと温度の変化に気付いて目を開ける。
「・・・あれ?」
「おはよう、ユーリ。目が覚めた?」
 目を開けたそこには、さっきまで確かに自分の膝の上で眠っていたはずのコンラッドの穏やかな笑顔があった。
 おかしいなと、ぱちくり目を瞬かせて。
 そう思いつつ、そろりと手を伸ばすとコンラッドが気付いてその手を握り返してくれた。
「どうかした?」
「おかしいなーって」
「何故?」
 握られた手が、コンラッドの頬へと導かれる。
 ほんのり冷たい頬を擽るように、ユーリは小さく手を動かした。
「だってついさっきまで逆だったじゃん。いつの間におれ、コンラッドに膝枕されてたんだ?」
 あれー?と、器用に膝枕されたままで首を傾げる。
 コンラッドはくすくすとおかしそうに笑い、乱れた前髪をさらりと撫ぜて露わになったそこに唇を押し当てた。
「結構時間経ってるよ。ギュンターの講義が終わってそろそろ一刻半くらいかな?」
「うそっそんなに?!じゃぁ、キャッチボールする時間あんまりないじゃん・・・」
「俺としては、このままのんびりするだけでもいいんだけどね」

 でも、ユーリはやっぱり体を動かすほうがいいかな。

 笑顔の中に僅かに苦笑染みたものを滲ませる。
 だがそんな恋人にユーリは「バカ」と小さく囁いた。
「あんたがすることを、おれが嫌だって言ったことあった?別にキャッチボールじゃなくてもあんたと居れればおれは構わないんだけど」
 ぷくっと頬を膨らませて自分を覗き込む瞳を睨みつければ、一瞬きょとんとしたあと柔らかく細められる。
「嬉しいことを・・・。じゃぁ、もう暫くこのままでもいい?」
「もちろん。・・・あ、また寝たらごめん」
「そしたら部屋に連れて行ってあげるよ。――俺の部屋でよければだけどね」
「・・・ま、今回は目を瞑ってやるか」
 その代わりヴォルフラムへの弁解はよろしく、とにんまり笑いつつ告げれば。
 任せろとばかりにコンラッドがウィンクを一つ。



 風は、何処までも穏やかに二人を包み込んでいた。
 そんな、穏やかな午後。