| 【ちびユーリ陛下物語】 幸せとは? |
小さな体が、ひょこりひょこりと揺らぐ。 そこは窓辺。外には厚い雲が覆い、空からは白い氷の精霊が舞い降りていた。 「ユーリ、そこに居ては風邪を引きますよ。」 「んー・・・だいじょーぶ。」 「・・・外には行けませんからね?」 「わかってるもん・・・」 それでもじっと外を見たまま動かない後姿に、コンラッドはほぅ、と息を吐き出し。 「・・・仕事が終わったら少しだけ連れて行ってあげるから、もうちょっとだけ待っていて。いい?絶対に一人で何処かに行こうとしちゃダメだよ。」 「ほんと?つれてってくれる??」 「うん。だからいい子で待っておいで。」 漸く振り返った瞳にふわりと笑みを浮かべ、己と同じくらいの大きさのアヒルによじ登ってきたユーリの髪を優しく撫でる。 気持ち良さそうに目を細めるユーリは擦り寄るようにコンラッドの指に頭を擦りつけた。 「はやく、かえってきてね?」 「もちろん。2時間くらいだからすぐに戻ってくるよ。」 「ん」 ちょん、と頭部に回されていた指を引き寄せ、指先に口付けるユーリ。 お返しとばかりにユーリの頬に唇を押し当て、名残惜しそうにもう一度だけ髪を撫でるとコンラッドはゆっくりと扉へ向かう。 「じゃぁ、行ってきます。」 「いってらっしゃーい。」 閉じる扉を見送り、再びユーリは窓の外へ視線を投じた。 落ちる雪は次第に少なくなり、そのうちに雲間から光が差し込みだす。 まるで奇跡の光のような陽光は、コンラッドの部屋から見える森たちを照らし城下にも暖かな光を届けた。 「はれたー・・・っ」 大粒の黒い瞳がキラキラと窓の外を見つめる。 ユーリはアヒルに寄りかかっていた姿から素早く身を起こし、窓に張り付いた。 地面には15センチほどの雪が積もり、陽光に照らされて幻想的に輝いている。 それはユーリの胸を躍らせ、衝動を掻き立てて。 「こんらっど、まだかなぁ・・・」 早く行きたい。 行って、誰も足跡の付けていないあの雪を踏みしめたい。 ウズウズと体を揺らすユーリの前に、その時一つの影が過ぎった。 こちらに来た当初、初めて見たときはかなり驚いたものだが骨に羽のついた通称骨格見本。 本名(?)を骨飛族。愛称コッヒー。 優雅に飛び去っていくその姿を何とはなしに見送っていたユーリは、徐に己の居る場所――コンラッドの執務机――の近くに置いてあるデジアナGショックを見た。 コンラッドが出て行って早1時間半。 あと30分もすれば帰って来るだろう。 が、すでにこの1時間半でユーリの忍耐も尽きかけている。 「んっしょ、んっしょ。」 鍵の掛けられていない窓を少しばかり開き、隙間からひょこりと顔を出す。 ここは2階。落ちたら間違いなく命を落とすだろう。 そんなこと物ともしないユーリは、再び近くを通りかかろうとしたコッヒーに手を振った。 「おーい、コッヒーっ。こっち、こっちにきてー?」 「?」 カタカタと顎を動かし、真っ直ぐに近付いてくるコッヒーにユーリはにっこりと満面の笑みを浮かべる。 「した、したにつれてってー。ねっ、いいでしょ?」 ぱたぱたと両腕を向ける。 するとコッヒーは器の形に手を作り、差し出してきた。 「ありがとーっっ」 ぴょこんと骨ばった手に飛び乗ると、冷たい風が体を撫でる。 それほど風はきつくないが、薄着のユーリには少々厳しい。 ぷるると身を震わせるが、しかし目下に見えてきた雪に心を奪われ寒いと言う意識はすぐに薄れた。 「わーいっ」 地面すれすれまで降ろしてもらったユーリは元気よく飛び降りる。 ぱふんという感触と共に体に纏わりつく氷の結晶。 髪まで雪を被り、犬のように頭を振るとふわふわと舞い落ちた。 「えへへっありがとコッヒーっ」 ぶんぶんと強く腕を振って頭上に待機していたコッヒーに礼を言うと、カタカタと顎を奮わせたコッヒーは頭上高くへと飛び去っていった。 「よーっし、ゆきだるまつくるぞー!」 9センチのユーリには高い壁のように立ちはだかる雪を鷲掴み、ぎゅぎゅっと握って丸めると、地面に置いてコロコロ転がしだす。 「よいしょ、よいしょ。」 高い雪の壁を手で壊しつつ、コロコロコロ。 下を向いたまま、ひたすらコロコロコロコロ。 それを暫くの間続けていたユーリは、突如目の前で「ザクッ」と言う音が聞こえて足を止めた。 「?・・・なんだろー、これ。」 目の前を塞ぐその物体に首をこてん、と傾げ。 つんつんと指で押しやってみるが、それはビクともしなかった。 「むぅー・・・じゃま。」 えいっと蹴り飛ばす。・・・が、やっぱりびくともしない。 大分大きくなった雪玉の進路を変えるのは少々大変で、暫く悩んでいたユーリは仕方なくその場に作ることにし、今度は頭の部分を作ろうと雪に手を伸ばした。 ―――と。 「おーい、こっち手伝ってくれ。雪の重みで厩舎の屋根が壊れそうなんだ。」 「あぁ、大分前から壊れかけていたからなぁ。」 頭上で男の声が聞こえたかと思うと、ユーリの間近にあったその物体が動いた。 その拍子に物体のそばに置いておいた雪玉が崩れ、崩れた雪が雪崩のようにユーリに襲い掛かる。 「うわっ」 泥の混じった雪が頭上から降り注いだ。 湿った雪はそれだけで重く、バタバタと両腕両足を動かして漸く雪から身を起こした。 「ぷはっ・・・し、しぬかとおもった・・・」 ぐっしょりと濡れた体に「うへぇ」と顔を顰め、白い雪を掴んで顔をゴシゴシと洗う。 空を見上げれば、燦々と降り注ぐ日の光。 視界の端に城の壁が見え、もう片方には木々の葉が。 ふと過ぎった大切な人の顔に、思わずしょんぼりと項垂れる。 「こんらっどにいわないできちゃったんだった・・・。どうしよ・・・」 辺りを見渡してもコッヒーの姿はない。 兵もいないし、自分を見つけてくれるような人物は皆無だった。 そして最も重大なことに気づく。 「・・・・・・いりぐち、どこ・・・・・・?」 * * * 「ユーリっ」 漸く部屋に戻ってきたコンラッドは、定位置にユーリが居ないことにすぐさま気づいた。 そして目ざとく見つけた開いた窓に、慌てて駆け寄り大きく窓を開くと下を見る。 しかしそこは一面の白。 ユーリの身に纏う黒は何処にも見つけられなかった。 「あれほど待っているように言ったのに・・・っ」 部屋を飛び出したコンラッドは、急いで自室の下に広がる裏庭へ向かう。 注意深く下を見ながらユーリの名を呼ぶ。 しかし、返ってくる声はない。 「ユーリっ何処にいるんですかっ!」 足元に広がる雪に、ひっそりと残る足跡は恐らく城の警備兵のもの。 先ほど厩舎の屋根が壊れたと騒いでいたので、今はそちらにいっているのか姿は見えない。 その後を追うように、更に自室の下近くまで足を進める。 ふと、雪玉の崩れたような塊がぽつんと落ちていた。 普段なら気にも留めないそれだが、その隣に僅かながら細い道が出来ているのに目を細める。 そのまま目で追って、城の近くまで行くと壁に沿って奥へと続いていた。 「ユーリ、いるなら返事をしてっ」 「・・・んらっど・・・?」 微かに聞こえる声。 視線を聞こえたほうへと転じると、そこには黒い瞳を命一杯潤ませたユーリが体を震わせて蹲っていた。 「ユーリ!」 「こんらっどぉ・・・っ」 小さな腕を必死に差し出しているユーリの体を、そっと抱え上げる。 震える体は予想以上に冷たく、びしょびしょに濡れそぼっていた。 「こんなに濡れて・・・っ、あれほど一人では出るなと言ったのに!」 「ごめっ・・・」 つい荒げてしまった声に震える体は一層小さく縮こまった。 留まっていた雫が瞳から零れ、白い頬を伝い落ちる。 それはコンラッドの指に落ち、暖かく濡らした。 「・・・ごめん、心細かったのにね・・・。早く部屋に戻ってお風呂に入ろう?ほら、もう泣かないで。」 「ごめ、なさ・・・っこ、んらっどっ」 「うん、うん・・・。もういいよ、早く戻れなかった俺が悪かったんだ。だからユーリ、泣かないで・・・」 掌に乗せ、涙に濡れる頬に頬を摺り寄せた。 ひくんっと嗚咽を零す背を優しく撫でる。 暫くして治まった背をポンポンと叩き、自分の軍服の胸ポケットへ小さな体をそぅっと入れた。 「ここなら暖かいでしょう?部屋に着くまで入っていて。」 「ん・・・」 未だ潤む瞳が了承の意を込めて瞬く。 それにふわりと笑みを向けると、コンラッドは足早に部屋への帰路を辿った。 ユーリ専用の浴槽――ティーカップ――を棚から取り出し、既に湯の張られた己の浴槽から掬い入れる。 脱衣所の洗面台の上にそれを置くと、胸ポケットの中に入ったままのユーリを抱き上げた。 「はい、服を脱いで」 「・・・こんらっども、いっしょがいい・・・」 ぷつん、と釦を外されていたユーリは小さく零す。 僅かに目を見開いてきょとんと首を傾げていたコンラッドは、次の瞬間苦笑を浮かべた。 「流石に、このティーカップの中に俺は入れないよ?」 「おっきいほう、おれもそっちにはいる」 「ダメだよ、もし万が一にも落ちてしまったらどうするの。」 「おれ、およげるよ?」 「出来るだけ危険は避けるべきだ。だからダメ」 「う〜・・・」 ぷっくりと頬を膨らませる表情に更に苦笑を深めたコンラッドは、すいと肩を竦める。 そして、いつもの「しかたがない」と言った表情を浮かべ、ふと微笑んで。 「浴槽の中には入れてあげられないけれど、一緒に入ることは出来るよ。それでもいい?」 「いっしょなら、いい。・・・いっしょにいたいんだもん・・・。」 釦にかかったままのコンラッドの指に手を宛がって、上目遣いに見上げる。 蕩けるような笑みを乗せたコンラッドは、洗面台の上に立つユーリの髪を優しく撫でて引き寄せた。 「ありがとう、俺も同じだよ。」 髪に口付け、コンラッドは再びユーリの服を脱がしに掛かる。 それから己も服を脱ぎ、ユーリを右手に、湯の張ったティーカップを左手に浴室内に進んだ。 コンラッドの部屋に設えてある浴槽の淵は結構な幅があるので、その淵にユーリ専用の浴槽を置く。 「これなら一緒に入れるでしょう?」 「うんっ」 カップの淵に腕を乗せ、その上に顎を乗せたユーリはにこにことコンラッドを見つめる。 「どうかした?」 「んーん、しあわせだなぁって。」 「どうしたの、いきなり。」 「こんらっどはいつでもどこでもたすけにきてくれるなって。きょうだって、おれがかえりみちこまってるの、すぐきてくれたもん。」 漸く暖まってきたのか、白かったユーリの頬が色付いて来た。 その頬に指を伸ばし、人差し指の先で擽るように撫でる。 「当たり前だよ。ユーリが困っているときは何処にいたって駆けつける。どんな場所でもね。」 「ありがとっコンラッド!」 頬を擽る指に抱きついて、ユーリはにっこりと満面の笑みを浮かべた。 翌日、見事に熱を出したユーリを看病する、慌てたコンラッドの姿が見られたとか何とか。 |