弔いの涙



 泣いてもいいんだよ。
 我慢をしないで、せめて今このときだけでも・・・。






 ヒヤリと冷たい空気に、ユーリは首を竦めた。
 突然覚醒した意識に困惑して、そのままベッドの中をごろごろと転がり回る。

 目が覚めた原因と言うか、そう言う物は何となく検討が付いていたりするのだ。

 だが、恐らく彼はもう寝ているだろうし、この時間に行くのは少なからず気が引けるというのがあり、ユーリは睡魔の訪れない身体をベッドの上で持て余していた。
 しかし、そうしていられるのもせいぜいが半刻。
 結局眠れず、暇を持て余したユーリはがばりと起き上がる。
「だぁーっ眠れない!くそぅ、もうこうなったら仕方ない、行こう。」
 風邪を引かないようにブランケットを肩にかけ、そろりと廊下に出る。
 衛兵にしーっと人差し指を唇に宛がってお約束のポーズを見せると、彼らは苦笑を零しながら小さく頷いてくれた。
「閣下のところへ?」
「うん、そう。だから心配しないで?」
「分かりました。お気をつけて」
 衛兵に見送られ、ユーリは蝋燭の灯火を頼りに薄暗い廊下を進んで行く。
 所々で鉢合わせする不寝番たちに同じ動作を繰り返し、漸く辿り着いた部屋の前に来るとユーリは一つ深呼吸して。

「コン・・・」
「どうしたんです?陛下」
「うひょぅ?!」

 予想だにしない方向から声が降ってきて、ユーリは文字通りに飛び上がった。
 そろりと声の方を振り返ると、ユーリの居る場所から5メートルほど離れた窓枠に腰掛けているコンラッドがこちらを見ていた。
「コ・・・コンラッド?!あんたそんなところでこんな時間に何してるんだよ!」
「それはこっちのセリフですよ、もう日付が変わって二刻ほど経ってるのに。眠れないんですか?」
「まぁ、ね。コンラッドこそ、この寒いのに廊下で何してんだよ?」
 ユーリの問いに曖昧な笑みを浮かべて。
 とん、と軽い音と共に枠から降りたコンラッドは、ゆっくりとユーリの元に歩み寄る。
 そっとその背を促し自室の扉を開けると、室内へと招き入れた。
「寒かったでしょう、紅茶でよければ淹れますよ。」
「コンラッド、」
「さぁ、そちらで休んでいてください。」
「コンラッド!」
 一向にこちらを見ようとしない彼の背に、ユーリは焦れてしがみ付くように抱きついた。
 ピタリと動きを止めたコンラッドは、何も言わずに腹部で交差された手を撫でる。
「・・・泣きたいなら、泣いていい。あんたは我慢しすぎだ。」
「・・・何を言って、」
「誤魔化せると思うなよ?朝から変だと思ってたんだ。どこか上の空な感じだったし、それに・・・」
 言葉を切ったユーリは、ぎゅっとコンラッドを抱く腕に力を込める。

 自分は、知ってしまっているから。

 今日と言う日がどういう意味を持つ日か。
 コンラッドにとって、どんな思いを抱かせる日かを。
「・・・今日は、ジュリアさんの命日・・・だろ?」
「ユーリ・・・」
「知ってたよ。・・・だから、我慢しなくていいんだ。あ、それともおれには見られたくない?気になって寝られなくて来ちゃったけど、戻ろうか?」
 ユーリはそう言うと慌てたようにコンラッドに回していた腕を解く。
 が、逆に押さえつけられるように腕を掴まれ、離れることは叶わずそのままユーリの体はコンラッドに密着した。
「コンラッド・・・?」
「ここで一人にされたら、それこそ気が狂いそうだ。」
「わっ」
 ぐいっと強く引かれたかと思うと、ユーリの体はコンラッドの背中から胸の中へと移動していた。
 縋るようにユーリの体を抱きすくめたまま、暫しの時が流れる。
「・・・コンラッド」
「ごめん・・・・・・ごめん・・・」

 それは誰に対しての謝罪なのか。
 ユーリにか、それともジュリアにか。
 ・・・否。

「誰も、だーれもあんたを責めちゃいない。寧ろあんたが生き抜いたことを心から喜んでる。あの酷い戦争を生き抜いてくれたことを、喜んでくれてるよ。」
「だが俺はっ、」
「自分を責めるな。そんなことをして誰が喜ぶ?少なからずおれも、ヨザックも、ツェリ様も・・・グウェンもヴォルフもギュンターも喜ばないよ?後悔はいつでもできる。だけど今あんたには他に出来ることがいっぱいあるだろ?混血の差別は少なくなってきたけれど、それでもそれはまだ完全じゃない。おれだって、まだまだ半人前だし戸惑うことばかりだ。だからこそ、あんたが必要なんだよコンラッド。おれにも、混血の人たちにも、この国にも。・・・な?」
 安心させるようにポンポンと背中を撫でて、ゆっくりと顔を上げるとほわりと微笑んだ。
「だからと言って感情を殺せとは言わない。寧ろ吐き出せよ。自分を責めるくらいなら、自分を生かしてくれた人々を弔って、こんな日に涙を送ってやれ。ありがとうって、これからもあんたたちの分まで生きて行くよって、泣いてやれよ。」
「ユー・・・リ、・・・・・・っ」
 抱きしめた体が、ひくっと震えた。
 同時に己を抱きしめる腕にも力が篭る。
「大丈夫、だいじょーぶ。泣いてもいいんだよ、コンラッド。」
 首筋に濡れた感触を感じて、ユーリも表情を歪めた。

 どれだけの長い月日、彼はこうしてこの日を迎えていたのか。

 ユーリには計り知れない。
 けれど、支えることは出来る。
 辛い日はいつまでも心の中に留まるけれど、それを思い出すときは傍に居るから。






「ありがとう、ユーリ・・・。」
「ううん。・・・なぁ、コンラッド」
 そっと窓辺に寄り添って、二人で夜空を見上げながらユーリはぽつりと問いかける。
 腰に回されたコンラッドの手に手を重ねて、視線は銀の虹彩を散らす星を見つめて。
「今度、お墓参りに行こうよ。たくさんの花と、食べ物と、お酒を持って。それと・・・いっぱいの笑顔を浮かべてね。」
 にっこり、花が開くように微笑む。
 コンラッドもまたふわりと笑みを浮かべ、深く頷いた。
「ええ、必ず・・・。きっと皆喜ぶよ。」
「だといいなっ」
 笑みを深めたユーリは、降りてくるキスに瞼を下ろした。