スキ、大スキ、でも、キライ。



 それはとある日の昼下がり。
 たまたま通ったメイドたちの控え室前にて、ユーリはピタリと足を止めた。
 大したことはない、そう、会話自体は。
 だが、その会話の主役が自分のよく知る人物だったので思わず立ち止まり、聞き耳を立ててしまった。

「ねぇ、コンラート閣下ってやっぱりカッコいいわよねっ!」
「そうねぇ。でも私はヴォルフラム閣下かしら。あなたはコンラート閣下のどこが好きなの?」

 好きなところ。

 その言葉に、ユーリは聞き耳を立てながらふむ、と考える。
「それはー、やっぱりぃー、眞魔国内一の剣豪でしょ?」
「うん。」

 ユーリも思わずこくんと頷く。

「華美過ぎない整ったお顔でしょ?」
「うんうん。」

 そこも好きだなーと頷く。
 確かにヴォルフラムやギュンターも綺麗と言っていいほどの整った顔立ちだが、コンラッドの場合は『綺麗』と言うより『精悍』なのだ。
 剣を握ったときの引き締められた横顔は、それこそ見惚れるくらいに。

「あとはあの、人を安心させるような微笑みや物腰の柔らかさ。凄く接しやすいの。」

 あー、確かにな。
 恐らくあれこそが夜の帝王と呼ばれる所以だろうと思う。
 本人的には無意識なのだろうが、あの笑顔が女性を虜にするのだ。
 そしてその笑顔が、何故かユーリを安心させる薬にもなるというのだから何ともはや。

「それに何と言っても、凛々しい立ち姿と陛下をお守りするときの力強い眼!ほんっと、素敵よね〜っ」

 ・・・・・・・・・キライだ。
 ふと、顔を顰めて思わず口を吐いて出そうになった言葉に己の口元を覆った。
 自分は何を考えているのだろう。
 たかだか、メイドのおしゃべりごときにこんな・・・。
 それでも。
「・・・コンラッドなんかキライだ・・・」
 むすっと頬を膨らませ、結局洩らした言の葉。
 それは、予想に反して届いて欲しくない人物へと辿り着いてしまって。
「どうして?俺、何か機嫌を損ねるようなことしましたか・・・?」
「ぅわっ!コ、コンラッド・・・っ?!」
 背後から抱きすくめ、ユーリの細い肩に顎を乗せた人物は、見間違うことなど有り得ない自分の大切な人。
 ちらりとそちらに視線を向けて、ユーリはまずった、と思わず内心で悪態を吐く。
「ねぇ、陛下?」
「・・・陛下ゆーな。別に、コンラッドは何もしてないよ。」
「じゃぁ、どうして俺をキライなんて言うんです?」
「とくにわけは・・・」
「わけもないのに、『キライ』なんて言うんですか・・・。」
 突如顎を乗せていた場所に改めて額を乗せ、盛大な溜息を吐くコンラッド。
 自分を見つめてくる瞳は、所在無げに揺れて。
「そういう、狡賢いところがキライ・・・」
「酷いな、狡賢いなんて。」
「それにっ!誰にでも優しいし、笑顔向けるし、誑しだしっ、自分のこと顧みないで俺守ろうとするし!そんなところがキライなんだっっ」
 べーっと、子供染みていると知りながら舌を出してそっぽを向く。
 すると、肩に乗せられた部分が小刻みに揺れだした。
「それ、ヤキモチ?」
「・・・っ、ちーがーうーっっ!」
「うそ。」
 くすくすと声を立てて笑い、「それだったら」とコンラッドはユーリの体を強く引き寄せた。
「俺だって、ご自分の容姿が類まれなる美貌なのに無頓着なところとか、それ故に周りの男たちを虜にしているところとか、俺以外の人に笑顔を向けることとか、無断で脱走企てようとすることとか、自分の身を考えないで事件に突っ込んでいくところとか、気に食わないかな。」
「なっ・・・!?」
 反論しようと背後を振り返り、彼が浮かべる表情に唖然とする。

 限りなく優しい、何もかもを包み込んでくれるような微笑み。

「・・・ホント、あんたには敵わないよ」
「それは俺のセリフなんだけどね。」
 ぽふん、と体重を預けてきたユーリに更に笑みを深くし、コンラッドは頤に手をかけると上向かせる。
 そうして見上げてくる黒い瞳に眼を細め、艶やかな唇を啄ばむように塞いだ。



「・・・でもね、そんなところが俺は好きなんだよ?」
「ばーか、知ってるよ。・・・おれだって、あんたが誑しでもへたれでも大好きだもん。」
 睦言のように交わされる言葉は、もちろん人が行き交う昼間の廊下で。
 しかも、二人が居る部屋は噂好きのメイドたちが居る控えの間の前。

「・・・ちょっと、聞いたー?」
「聞きましてよっ!これは他の方たちにも教えなくちゃっ」
「羨ましいわ〜っ」

 その数十分後、城中で二人の睦言現場が密やかに囁かれることになる。