この度、めでたく魔族ご一行様が地球にご来訪しました。


  ナビゲート


「ユーリ、あれは何だ?」
「んー?ああ、あれは自転車。うちにも止まってただろ、おれのが。」
「じゃぁ、これは?」
「これは電信柱」
「でんしん・・・?」
「えーと、電気が通る線を繋げるための・・・って、向こうには電気もないんだっけな・・・」
 やはりここは三兄弟の末弟。
 子供のように興味のあるものを指差しては聞いてくる。
 そんなヴォルフラムに分かりやすく説明しながらも、ユーリは家の近所をてくてくと歩いていた。
 もちろん、ヴォルフ以外にコンラッドも一緒だ。
「あ、ほら、村田だ。おーいっ村田〜!」
「やぁ、来たね。どう?道案内は」
 近所の公園の入り口で、昨夜は自宅へ帰った村田が手を振り立っていた。
 異様な美形集団に、また一人増える。
 そうして当てもなく集団は歩き出した。


 事の起こりはついさっき。


 渋谷家の絶対者、横浜のジェニファーこと美子が言った一言からこの事態は始まった。
「ゆーちゃん、どうせ今日もお休みなんだから、町を案内してきたら?」
「案内?」
「そうっ!だってコンラッドさんは地球に来たの初めてじゃなくても、ヴォルちゃんと渋ポニさんは初めてなわけでしょ?色々案内してあげてきなさいよっ」
 はいっこれお昼代!
 美子にしては珍しく、諭吉さんを一枚手に握らせてくれた。
 それを受け取った時点で交渉成立。
 ・・・いや、別に交渉はしていないが。
「・・・案内って言っても、何処へ・・・」
「――ロンドンなどは行きましたが、日本はあまり知らないんです。案内してくださいませんか?」
「コ、コンっ・・・?!」
 いつの間に背後に立っていたのか、コンラッドはユーリの耳に囁くように告げる。

 一応言っておくが、ヴォルフラムとの婚約者宣言はばれてしまったがコンラッドとの『恋人関係』まではばれていない。

 よって、この状況はあまり好ましくなかった。
 ユーリは慌てて振り返り、すこーしばかり距離をとる。
 自分の背後には母の美子。
 目の前には、スマイル0円のコイビト。
「・・・わかった、わかりましたっ案内しましょうとも、何処にでも!!」
「お願いします、陛下。」
「へーか、言うなってば名付け親・・・」
 何だかいつものやり取りをするにも、自分の自宅でするのは何とも気まずい。
 気まずいと言うよりは、こっ恥ずかしい。
「じゃあ、健ちゃんも一緒に。ね?」
 ママが電話しておくからー。
 そう言ってパタパタと電話と取りに走っていく。

 ・・・いつの間に村田の宅電を取得したのだろうか。

 疑問に思いつつも聞けないのが、この家に生まれて習慣付いたユーリの絶対防衛方法だった。


 で、話は現在に戻る。


 結局お昼までは間があるという事で、コンラッドの希望もありユーリの学校へと赴くことになった。
 グウェンダルは今日は休みの父と話し込んでいて、家に置いてきた。
「部活やってると思うから、あんまり中は案内できないけど」
「構いません。あなたが通っている場所を見てみたかったんです。」
「名付け親だもんねぇ、やっぱり子の日常の姿は気になるよね。」
 いまいち真意の読めないことを村田は言い、にこりと微笑んだ。
 それにコンラッドも是と答える。
 二人の中で、何やら以心伝心していることがあるらしい。
「地球にも軍人を鍛えるための学校があるのか?それはいいことだな。」
「いやいやいやっヴォルフラム?日本は軍事国家じゃないから。そんなのは一昔前の話しだしっ」
「まぁ、軍人の勉強はしないけど、世を渡っていくに必要な知識は学ぶ場所だね。」
 さすがダイケンジャー様。説明に説得力がある。
「それになぁ、ヴォルフラム。おれは戦争が大っ嫌いだって何度も言ってるだろ?そんなおれが軍人の学校なんかに入るかって、」
「あれー?渋谷?」
 言葉の途中で聞こえてきた声に、ユーリは思わず振り返った。
 そして、そこにいた人物に満面の笑みを浮かべる。
「二葉?!どうしたんだよっこんなところで!」
「お前こそ。『今日は草野球の練習出れない!』って言ってたのに、こんな美形連れてどこ行くんだ?」
 自分の隣からパタパタと駆けて行くユーリを見送り、その彼があんな笑みを向ける人物を見遣って、コンラッドは後ろを歩く村田に疑問の眼差しを向けた。
 それはヴォルフラムも同じらしく、同じような視線を村田に向けていた。
「彼は渋谷の高校のクラスメート。で、草野球チームのメンバーでもあるんだ。ちなみにポジションは投手。渋谷とはバッテリーを組んでる。」
「そうですか。・・・ユーリとバッテリーをね」
「ばってりーとは何だ?男か?・・・と言うか、ユーリ!!お前という奴はこっちでも尻軽・・・っ!!」
 叫びながら駆け出していくヴォルフラムを見遣り、村田は目の前の人物を仰ぎ見た。
「君は行かないの?」
「彼には彼の関係がありますから。」
「ふぅん?流石はおっとなー。」
「・・・・」
 村田の言葉に僅かに眉を顰め。
 すぐに表情を改めるとコンラッドはユーリたちのほうへ歩みを進めた。
「それにしても、渋谷にこんな美形の知り合いが居たなんてなぁ。女はいねぇの?」
「そりゃ、いるけど・・・今は居ない。そんなことより、お前は何でここにいるわけ?チームの練習は?」
「ああ、今日は集まり悪くてさ。大学生とかは就職活動とかあるしな、今日はナシってことになったんだ。・・・・で、紹介はしてくれないの?」
 ちらりとユーリの隣に居るヴォルフラムと、二人の後ろから歩いてくるコンラッドに目を向けて、再びユーリへと視線を戻す。
 ふと、もう一度ユーリの背後に目を遣り。
「あれ?ジャーマネも一緒なんじゃん!」
「今まで気づいてなかったの?酷いなぁ」
 苦笑を零して、村田も輪の中へと入ってきた。
 そのまま意図せず全員で歩き出し、学校へと向かう。
「えーと、こっちのがヴォルフラム。で、そのお兄ちゃんのコンラッド。親父の知り合いで観光がてら日本に遊びに来てるんだ。」
「遊びに来ているわけじゃない。僕たちはれっきとした任務で、」
「あ・そ・び・に来たんだよなっ!な、コンラッド!」
 ヴォルフラムの口を片手で押さえつつ、いつも通り半歩後ろを歩くコンラッドへ同意を求めた。
 予想通り、彼は爽やかな笑みを浮かべて頷く。
「ええ、いつもお世話になっているショーマの国を見てみたいといっていたから。」
「へぇ〜。それにしては随分と日本語上手いな。勉強してきたの?」
「ある程度は。」
 まだまだ勉強とちゅう何ですよ。
 そう言ってまた白い歯をきらりと光らせた。
 何度見ても思うが、どうしてこうコンラッドは気障な仕草が似合うんだか。
 いまどき「芸能人は歯が命!」なんて事はないと思うが。
「・・・その前にコンラッドは芸能人じゃないか」
「何か言った?渋谷」
「へ?あ、あーいやっ何でもない!」
 口に出てたとは気づいていなかった。
 慌てて村田に首を振り、そうこうしているうちに学校は目前。
「じゃ、俺はここで。来週の練習には出れるんだろ?」
「もちろん!みんなにも伝えておいてよ。」
「オーケーっ」
 じゃぁなー!と腕を振って去っていく姿をユーリも振り返して見送る。
 そうして姿が見えなくなった頃、漸くユーリは振り返った。
「じゃ、学校の中行くか」
「そうだねー。実際僕も来たのは初めてだな」
「そうだっけ?あー、おれは村田の学校行ったことあるんだよな、学際で。」
 あんなに素晴らしい学校じゃないけどな、と苦笑して。
 ユーリは校門の前から蒼然と見える校舎を見上げ、目を細めて微笑んだ。
「それでもやっぱり自分の学校だから、この場所が好きなんだよな」
 もちろん、向こうの世界の、血盟城も好きだ。
 だから、どちらが一番かなんて決められないけど。
「おれって、かなりの幸せ者かも・・・」
「今更気づいたのか?これだからへなちょこだと言うんだ。」
 僕のような素晴らしい婚約者が居るのだから当たり前だろう?
 いつものように胸をそらして踏ん反り返るヴォルフラムに、ユーリはあはは、と乾いた笑い声をもらした。

 だけど。

 それでも、本当に自分がとても恵まれた存在と言うことは分かった。
 初めは魔王業なんか勤まるわけないと、自分の運命を呪ったりもしたが。
 支えてくれる仲間がいて、親友がいて、大好きな人が傍に居て、これ以上幸福なことがあるだろうか?
「・・・・」
 ちらり、と背後にいるコンラッドを見、今ここに――自分の生まれた場所に一緒に居る彼にふわりと笑みを零した。


 +−+−+


 その日の夜、ユーリは自室の窓からまん丸に浮かぶ月を眺めていた。
 秋も間近な涼しい風が、風呂に入って温まった体を撫でる。
 遠くまで見える明かりは、向こうにはないもの。
 不夜城の如くいつまでも輝き続ける灯火。
「――眠れないんですか?」
「コンラッド・・・?」
 静かに扉が開かれ、見慣れた軍服とは違うラフな出で立ちでコンラッドは入ってきた。
 窓に寄りかかったまま振り返ったユーリは、近づいてきたコンラッドに笑みを浮かべる。
「あんたこそ、慣れない場所だから眠れない?」
「いや・・・ヴォルフラムが、ね」
「?・・・・・あー、もしかしてあの寝相と鼾?あははっほらな!おれの気持ち分かっただろ?」
 渋い表情をするコンラッドにユーリが笑う。
 そんなユーリを、コンラッドは己の腕の中に閉じ込めた。
「そんなに笑わないでくださいよ。あなたの気持ちは十分に理解しましたから」
「くくっ・・・なら、いいけどさっ」
 自分の頭上に顎乗せて溜息を吐くコイビトに、漸く収まったユーリはぎゅぅぅっと抱きついた。
「ユーリ?」
「んー?」
 すりすりと頬を摺り寄せるユーリに、コンラッドが柔らかい笑みを浮かべて問いかける。
「どうしたんです、あなたから抱きついてくるなんて。」
「別にー。・・・あ、嫌だった?」
 慌てて離れようとする少年を更に強く抱きこんで、コンラッドは「そんなわけないでしょう?」と言った。
「凄く嬉しいよ」
「んっ・・・」
 少しだけ体を離し、頤に手をかけて上を向かせると、啄ばむように口付けた。
 鼻にかかった甘い声がユーリから零れる。
 それからオデコに、瞼に、鼻の頭に、頬に口付けて、最後にもう一度ユーリの唇へキスし。
「・・・今日会ったあなたの友人・・・」
「へ?おれの友人・・・・って、もしかして二葉?」
 間近にある銀の虹彩を散らした瞳を見つめて、ユーリはちょこんと首を傾げた。
 自分の答えに彼は頷く。
「バッテリーを組んでるんですね、野球で。」
「そう!あいつ上手いんだぜ?事情があって野球部には入ってないんだけど、誘ったらチームに入ってくれてさ。性格もはっきりしてるやつだから友達も多いし、学校ではよくつるんでるんだ。」
 にこにこと二葉の話をするユーリは、それはもう楽しそうで。
 コンラッドは憮然とした面持ちでその話を聞いていた。

 どうしようもない嫉妬だと、解ってはいるのだが。

「コンラッド?」
 どうかした?と顔を覗き込まれて苦笑を零す。
「いえ、何でもないんです。ただ・・・」
「ただ?」
 ユーリの背に回した腕に力を込めて、自嘲気味な笑みを口の端に上らせた。
「ただ、少しばかり悔しかった。俺の知らないあなたを知っている彼が羨ましくて・・・あなたと多くの時間を共有し、野球をしている彼に嫉妬したんだ。」
 見上げてくる瞳が、一度大きく見開かれてすぐに柔らかく細められる、
 そして、コンラッドの腕を引いてベッドに座らせると、その腕の中にポスンッと収まった。
「ばっかだなー。逆を言えば、あいつは眞魔国でのおれを全然知らないんだぞ?向こうでおれがどう過ごしてるか、何をしてるか。・・・夜、どんなことしてるかも、さ。」
 最後のセリフにユーリの顔が赤くなったのがわかった。
 そんな少年の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を上げさせると、コンラッドはこつんと額を合わせた。
「あなはどうしてそう・・・俺を喜ばせるのが上手いんだか。そんなに甘やかせたら抑えがきかないよ?」
「いいよ。だってあんた、全然甘やかせてくれないんだもん。時々はおれにも甘えろよ。」
 な?と笑みを浮かべてちゅっとコンラッドの鼻のてっぺんに口付ける。
 ちょっとだけ見開かれた目にしてやったり、とユーリが思った。――が。
「じゃぁ、責任は取ってもらおうかな」
「責任?何の・・・・ぉわっ?!」
 最後まで言葉は続かず、トサ、と軽い音と共にユーリの体がベッドに倒された。
 そして、月の光を浴びたコンラッドの顔には、獣じみた、悪戯を考え付いた子供のような笑み。
 その180度変貌した姿に慌てたのはもちろんユーリで。
「ちょっちょちょちょちょっと、コンラッドさん?!」
「俺を煽った責任、取ってくれるでしょう?ユーリ」
「まっ・・・んんっ」
 さっきまでとは違う、貪るようなキスにユーリの思考は快楽の海へと沈んでいく。

 "煽った責任"

(・・・しょうがない、か)
 僅かに残った思考でそう結論付けると、自分で仕向けた責任を取るべく、ユーリはコンラッドの首に腕を回した。