|
――お前は本当にへなちょこだな!
ああ・・・その通りだ。
自分はへなちょこで、戦うことを・・・人が傷ついていく様を見るのが嫌だと言って、自分の手が血に染まるのを避けて。
それを全部周りに押し付けている。
卑怯な自分。
「お前なんか、誰も認めてないよ」
そうかもしれない。
「みんなが求めているのは魔王だ。魔力を最大限に使いこなせ、民を守ることの出来る王だ」
魔力・・・魔力の使い方なんて、おれにはわからない。
「それはそうだろう?魔力を使っているのはおれだ、お前じゃない。みんなが必要としているのはおれだ」
――コンラッドも?コンラッドも、おれを要らないと言うのだろうか。
「あいつが求めているのは、この魂に決まっているだろう?」
――へ・・・か、へいかっ、陛下!
「うっ・・・あ・・・!」
「陛下!」
はっとして目を開けた。呼吸の荒さを表すかのように、胸が忙しく上下していた。
目の前には銀の虹彩を散りばめた瞳が、おれを心配そうに覗きこんでいる。
「大丈夫ですか?随分とうなされてましたけど・・・」
「・・・ああ、ごめん、平気。・・・それより、あんたこそどうしたんだ?こんな時間に」
もそもそと起き上がり周囲に視線を向けると、まだ闇が辺りを支配していた。
朝日が昇るまではまだ時間があるだろう。
隣を見れば、やはりそこには未だ夢の中を散歩中のヴォルフラムが、お得意のぐぐぴという寝息を立てている。
「見回りにこの部屋の前を通ったら、中からあなたの声が聞こえたので」
「げ、・・・そんなに大きい声出してた・・・?」
うわぁ、おれみっともないなぁ・・・。
決まり悪そうに鼻の頭を掻くと、コンラッドは大丈夫ですよ、と微笑んだ。
「それほど大きい声ではありませんでしたから。ちょっとうなされている声が聞こえただけで。・・・何か恐い夢でも見たんですか・・・?」
するりと伸ばされた手が、おれの目尻を拭う。どうやら泣いていたらしい。
またまたみっともない・・・。
おれは照れ隠しのように苦笑いを浮かべた。
「何でもないよ、夢の内容だって忘れたし」
「本当に?」
嘘です。
・・・なんて言える訳がない。
あんな夢の内容、他の誰にも・・・とくにコンラッドには言いたくなかった。
せっかく命をかけて守ってくれているのに申し訳なさ過ぎる。
魔王としての自信がないばかりか、周りのみんなを、コンラッドを信じきれていないなんて・・・。
そんなこと、絶対に言えない。
「本当に本当だから大丈夫だって。ほら、あんたも部屋に戻って寝ろよ。おれも寝るからさ」
「・・・じゃあ、あなたが眠るまで傍にいます」
「うぇ?!」
そ、それはちょっと・・・何て言うか、恥かしいんですけど・・・!
とてもじゃないが、意識しまくって寝るどころの話じゃなくなる。
「いいいいいいいやっいいです!ほらほら部屋戻れって!一人で寝れるからっ」
「俺がそうしたいんですよ。・・・ダメですか?」
「う・・・」
こンの確信犯め!
もの悲しそうに眉尻を下げて、小首を傾げられるのがおれはとことん弱い。
それはこの男だけに限定されることなのだが・・・。
まぁ、そのぅ・・・一応恋人同士であるわけで・・・。
うーとかあーとか呻いていると、コンラッドの手が俺の後頭部に添えられ、そっと引き寄せられた。
「・・・心配なんです」
コンラッドの顔が近づき、おれの瞼に口付けを落とす。
それはすぐに離れたが、おれの体はそのまますっぽりとコンラッドの腕の中に閉じ込められた。
暖かい腕。
優しい眼差し。
それらは全ておれに向けられるもの。それなのに、ときどき強烈な不安がおれの中に生まれる。
彼が求めているのは、本当におれなのか――?
コンラッドが嘘をついているとは思わない。
けれど、彼の想いが"おれ"に向けられているものなのか、それともおれの中の別の"何か"なのかが分からない。
「・・・ユーリ?」
「え?あっごめん!」
知らずコンラッドの服を掴んでいた手に力が入っていた。
おれはあたふたと手を離す。
「やっぱり何か・・・」
「何でもないっ!何でも・・・」
お願いだ、それ以上聞かないでくれ。
じゃないと全てを話してしまう。己の中の不安を彼に吐露してしまう。
コンラッドを困らせるのは嫌なんだ。
それ以上に悲しませることも、傷つけることもしたくない。だから・・・。
それ以上の追求を拒むように、おれは瞼を伏せた。
コツコツと歩く音が静かな廊下を反響する。
迷わず目的の部屋につくと、頑丈そうな扉を二度ノックした。
「入れ」
中から重低音を響かせた声が応えてくる。それを聞いてコンラッドは扉を開いた。
「悪いな、執務中に」
「コンラート」
不機嫌そうに寄せられている眉根の皺は相変わらずで、フォンヴォルテール卿グウェンダルは紙に走らせていたペンを止め視線を寄越してきた。
「何の用だ」
「少し相談事を、ね」
お前が?と言うように僅かに眉が持ち上げられる。
その反応に苦笑を零して肩を竦めた。
少し前なら、こんなやり取りなど想像もできなかっただろう。
長男である彼もだが、ユーリの婚約者であり弟でもあるヴォルフラムも人間の血を半分受け継いでいる自分を疎んでいた。
それが、ユーリが来たことで変わった。
彼の突飛な考えのお陰か、あのペースに?まってからは二人の態度にも丸みが出てきた。
何十年と長い間埋まることのなかった互いの溝が、ユーリの登場で埋まりつつあるのだ。
生きた年数だけで見ればこちらのほうが遥かに上なのに、彼の言動には驚かされてばかりいる。
それは今目の前にいる長男も、少なからず思っているとコンラッドは内心で微笑んだ。
「それで何だ」
グウェンダルは控えていた秘書にお茶の用意を頼むと、窓辺に置かれたソファに移動した。
コンラッドもそれに倣って向いに腰を下ろす。
「・・・陛下のことで、ちょっと気になることがな」
足を組み、その膝の上に指を組んで乗せ、コンラッドは重苦しく口を開いた。
「最近良く魘されている様なんだ。2、3日前まではそれほど酷くはなかったんだが、今朝方のは少し・・・」
そこで言葉を濁す。言っていいものかどうか迷ったからだ。
とは言え、グウェンダルとしても聞かないことにはどうしようもない。視線だけで先を促す。
「・・・"おれは、必要ないのか・・・?"と、涙を流しながら呟いていたよ」
コンラッドの瞳が、苦しげに細められる。膝の上に乗せていた手に、ぐっと力が込められた。
「・・・確か食欲も落ちていたな。もしやそれが原因か?」
「たぶん」
「・・・必要ない、か」
グウェンダルは窓の外に視線を向け、ぽつりと呟いた。
確かに初めに自分たちが求めていたのは、絶対的な支配力を持つ王だった。
抜きん出た魔力で人間たちを支配してくれる王を必要としていたのだ。
だからこそユーリが眞魔国へ来てすぐは、彼の考えの甘さに反発し、嫌悪感も明らかに示していた。
「魔力に関しては申し分ない。しかしそれを自分の力でコントロールできないのは困る。
そのせいでしょっちゅう倒れられるのもな。そういう点で言えば、確かにあいつは魔王としては不要だ」
「グウェン」
コンラッドの咎めるような声に、窓の外に向けていた視線を目の前の次男へと戻す。
「お前とてそう思っていただろう?人を支配するには絶対的な力が必要だ。それが長であり、王だ。
だがユーリにはそれが欠けている。・・・いや、ないと言ってもいい」
「・・・グウェンダルの言う通り、ユーリには人を治める能力は低いかもしれない。寧ろ魔力を開放させたときの人格の方が、魔王としては相応しいだろう」
そう、恐怖で支配するならばの話だ。
けれども・・・。
それだけでは・・・恐怖で支配するだけでは何の解決にもなりはしない。
力だけが全てではないのだ。
「ユーリにはユーリなリの、王としての力がある。今だって必死になってこの国のために頑張っているんだ」
彼のお陰で救われたものもたくさんいるのだから。
「・・・ああ、それは皆分かっている。この国を好きだというその想いは確かに強い。それに、力だけが全てじゃないということも、分かっている」
「グウェンダル・・・」
コンラッドは長男の柔らかな表情に目を瞠った。
こんなグウェンダルを見るのは初めてだ。
「っコンラート!」
「・・・ヴォルフラム?」
凄まじい勢いで扉が開かれたと思うと、そこには走って来たせいか方で呼吸を繰り返している三男坊が立っていた。
余程のことがあったのだろうその行動に、コンラッドとグウェンダルは顔を見合わせる。
しかしその傍らで、仲が悪かったはずの兄弟が今ではこうして何かあると集まることに、胸の内で喜んでいる自分を感じる。
距離が確かに埋まっているという事実が、やはり嬉しい。
「どうした、そんなに慌てて・・・」
「ユーリがいなくなった!!」
だが、その喜びもヴォルフラムの一言で掻き消えた。
何処まで走り続ければ、あの言葉から逃れることが出来るだろうか。
――あいつは不要だ――
たまたま通りかかった扉の奥から聞こえた声。
そこはグウェンダルが血盟城に滞在しているときに使っている部屋だった。
グウェンダル一人の声なら素通りして、あんな言葉を聞く事もなかったかもしれない。
しかし、予想に反してその扉の向こうから聞こえたのは、グウェンダルの他に自分の名付け親でもあり想い人でもあるコンラッドの声もあったのだ。
詳しい内容を聞き取ることは出来なかった。その代わり、最も聞きたくない言葉だけは、はっきりと耳に届いてしまった。
『魔力を開放させたときの人格の方が、魔王としては相応しい』
「・・・いやだ・・・」
魔王として、おれは相応しくないの・・・?
やっぱりコンラッドは、おれじゃなくて魔王を必要としているのか。
この魂だけを・・・。
「いやだっ・・・!」
なら何故、おれを選んだ?
何でこの世界に呼び寄せた?
どうして――。
「っ・・・」
城を飛び出して城下町を駆け抜ける。
辺りからは黒を宿すおれを見て、「魔王陛下だ!」と騒ぎ始めていた。
「・・・ちがっ・・・」
息もたえだえに走りながら喘いだ。
違う、おれは魔王なんかじゃない。普通の高校生なんだ!
『そうだ、お前は魔王なんかじゃない』
脳の中に直接響いてくる声は、おれの凝り固まった心を優しく撫でていく。
『おれが代わってやる。お前は奥深くで何も見ずに、聞かずにいればいい。・・・そのままでいたらいい』
何もせずに、自分の手を汚すことなく。
ただ"彼"にまかせてしまえばいい。
そうすれば傷つくこともなくて。
体の力を抜いて、話しかけてくる声に全てを委ねる。
意識は深い深い、闇の中へ・・・。
三騎の馬が土煙を立ち上らせて城下町を走りぬける。
目指す場所は探さずとも見つけられた。
「あのバカっ何をやらかしているんだ!」
ヴォルフラムが悪態をつくが、その声には緊迫した様子が入り混じっていた。
彼らが目指しているところからは、強大な魔力が荒れ狂っていた。
その力に気圧されているのか、魔力を持つ長男と三男は脂汗を滲ませている。
しかしそれに気をとられている場合ではない。
何故彼が一人で城を出たかは分からないが、取り敢えずあの魔力の暴走を止めなくては。
「ユーリっ、・・・!」
たどり着いた三人は、その場の光景に我が目を疑った。
魔力の具現化された水龍が民間人の首に絡みつき、挙句に頭を水の膜で覆われていたのだ。
それを実行しているのは他でもない魔王本人。
魔王ユーリはそんな苦しみもがいている男を口の端をゆるりと持ち上げて見つめていた。
「ユーリ・・・?」
もう一度呼びかける。
ゆっくりと振り返った瞳は冷酷さだけを宿らせて、優しさの欠片も見つけることは出来ない。
「・・・ユーリ、その男を放すんだ。魔力を抑えて」
「何故?」
至極不思議そうに魔王は首を傾げて見せた。
コンラッドは傷のある眉を顰める。
今までとは明らかに違う。口調からして上様モードとはかけ離れていた。
その姿はまるで、絵に描いたような魔王像そのもの。
ユーリの内に隠されていた、不の感情だけを具現させたような人格。
「そのままでは死んでしまいます。もう成敗は終わったのでしょう?いつものあなたに戻ってください」
ユーリはすい、と目を眇めた。口角が厭らしく持ち上がる。
「成敗?何を言ってるんだお前は。それに、いつものおれってどういう意味?おれはおれで、それ以上でもそれ以下でもない」
男を持ち上げるように上げていた腕を下ろす。同時に男の体も地面へ崩れ落ちた。
「ゲホッゴホッ」
咳き込む男に近寄り、コンラッドは耳元に低く問いかける。
「何をしてこんなことになった?」
「ゲホゲホッ・・・黒を、持つものは、不老不死、の、ゲホッ、効力を、持つって聞いて・・・」
なるほど。
それで危機を感じて魔力を発動させたわけか。
だが、いつもならそれだけでは魔力を発動させることはない。一体ユーリの身に何が起こったと言うのか・・・。
「そもそもお前たちが望んでいたのだろう?魔力をコントロールできで、尚且つ人を支配することの出来るものを、と。これでも足りないと言うのであれば、そこの男を殺して見せようか?」
「なっ・・・!」
ユーリの言葉にその場の全員が凍りつく。すでにグウェンダルとヴォルフラムは、魔力の強大さに声も出せないでいる。
コンラッドはユーリから男を庇うように立ち塞がった。
自分よりも彼のほうが小さいはずなのに、目の前の人物がとても強大なものに見える。
「下等な魔族を守るか。だったら守ってみればいい。お前らの力などおれのまえでは無に等しいからな」
ゆっくりと右腕が持ち上げられる。瞳の奥に、残虐な焔が揺らめいた。
頭上で水龍が大きくうねり、一気にコンラッド目掛けて襲い掛かる。
「ユーリ・・・!」
―――いやだっ やめろ!―――
どこからか聞こえてきた声で、水龍は霧散した。
コンラッドは伏せていた目をゆっくりと開く。聞こえた声は、自分のよく知るものだった。
「・・・ユーリ?」
目の前に立つ魔王ユーリは、思い切り不機嫌に顔を歪ませていた。
魔力が薄れたことでグウェンダルもヴォルフラムも体が楽になったらしい。急いで駆け寄ってきた。
「どうなっているんだ・・・?ユーリは一体・・・」
「・・・大人しくしてればいいものを。あいつらはお前をいらないと言ったんだぞ?"力をコントロールできない王は不要"だと」
冷めた黒曜石の瞳がコンラッドとグウェンダルを射る。
「・・・どういうことだ、コンラート?ユーリが不要だと言ったのか?・・・お前が?」
「違うっ!あれはっ・・・」
「何が違う?言ったことに代わりはないだろう。お前たちはいらないと言った。だから代わりにおれがやってやると言ったんだ。魔力がコントロールできるおれが」
その言葉にコンラッドもグウェンダルも押し黙った。
まさかあのときの会話を聞かれていたとは・・・。
やはりユーリはずっと苦しんでいたのだろうか?自分が魔王だということに。
「・・・これでは埒があかない。一度城へ」
グウェンダルが恭しく頭を垂れた。その行動に弟二人は目を瞠る。
しかしその態度が気に入ったのか、魔王はにんまりと笑みを浮かべて頷いた。
暗い。寒い。
どこを見渡しても一点の光もない。
おれはただ蹲ってその闇から目をそらす。
そらした所で闇が消えるはずもなく、その闇に少しずつ支配されていくのを感じていた。
そのとき、誰かがおれを呼ぶ声が聞こえた・・・様な気がした。
「・・・っユーリ!」
「!」
突如目の前に飛び込んできた光景に、おれは悲鳴を上げた。
「っいやだ!やめろ!」
"彼"が魔術を操りコンラッドを殺そうとしている。
だめだっ殺さないでくれ!
そんなことを望んでなんかいない。望んじゃいないんだ。
願いが聞き届けられたのか、声にならない叫びと同時に水龍は消えうせた。
"彼"が微かな怒気を含んだ声で言い放つ。
「あいつらはお前をいらないと言ったんだぞ?」
確かにそうだ。コンラッドとグウェンダルはおれが不要だと話していた。
だからおれは逃げたんだ。全てを"彼"に委ねて。
「コンラッド・・・」
あんたにとっても、おれはいらない存在なのかな・・・
城に戻ってきたコンラッドたちは、魔王を引き連れて王の寝室へと向った。
「少しこちらでお休みください」
「ああ」
一つ返事を寄越し、魔王はいそいそとベッドの中へと潜り込んだ。それを見届けてコンラッドは寝室から続く、食事や閑談をするための居室へと移動する。
「魔王ユーリは?」
「ベッドに潜り込んで休んでるよ」
「そうか・・・」
「問題はこれからだ。どうやってユーリを元に戻すか」
グウェンダルは重苦しい溜め息を吐き出した。
コンラッドもヴォルフラムも言葉が見つからずに黙り込む。
「ユーリを戻すことが、本当に最善のことなのだろうか・・・」
「グウェン?!」
「兄上っ!」
非難の声を受けながらも、グウェンダルは言葉を続ける。
「お前たちのいいたいことはわかっている。だがユーリは望んでいないかもしれないだろう?」
「それは・・・」
確かに考えなかったわけじゃない。
今グウェンダルが言ったことと同じことを、城にたどり着くまで何度となく自問していた。
それでも、納得できない自分がいる。
本当に嫌だったのか?
子供に約束したあの言葉も、魔剣や魔笛を手にしたときの喜びも全部偽りだと。
「・・・いや」
コンラッドは浮かんでくる考えを否定する。
彼は確かに約束をし、自分と一緒に喜んだじゃないか。
あの笑顔に偽りなど何一つない。疑う余地など、初めからありはしないのだ。
それに・・・。
「・・・例え嫌だといっても、それはユーリの我侭だ。だったら、こっちの我侭を言ったっていいだろう?」
兄弟二人が訝しんでコンラッドを見る。
その顔にコンラッドは意地の悪い笑みを向けて。
「戻ってきてもらうさ、強引にでも」
求める者は、最初からただ一人だけだから。
コンラッドは一人、ベッドに近づき余った端に腰を下ろす。
「話し合いは終わったのか?」
「ええ、終わりました」
もそもそと、魔王ユーリは布団から這い出してきてコンラッドを正面から見据えた。
さっきまでの刺々しい雰囲気はないものの、その瞳には何の感情も映し出されてはいない。
「ユーリを、返してください」
「お前たちはいらないといっただろう?」
す・・・っと、瞼が半ば伏せられる。
ああ、やっぱり。
コンラドは目の前の少年の態度に眼を細めた。
初めから気付くべきだった、彼の正体に。
彼はユーリの盾なのだ。傷つく彼を守る盾。
ユーリを傷つける者を許さない、ユーリの守護者。
「いらないと、言った覚えは無いよ?」
そう、いらないなどと誰が思うだろうか。
ずっと待っていたんだ。彼がこの世界に来るのをずっと。
「例えいらないと言ったとしても、それは本心じゃない。それはあくまで彼が来る前のこの国の考えであって、今はみんなが彼を必要としている。だから、彼を返して」
「・・・あいつは望んでいない」
ふるりと、魔王は首を振った。視線は足元のシーツを見つめたまま。
「それに・・・お前だって求めているのはあいつじゃない。あいつの魂だけだろう?」
ギッ、と挑むように視線を寄越してくる。
その言葉の意味がうまく飲み込めなくてコンラッドは首を傾げたが、意味を理解したとき思わず頬を緩めていた。
「・・・それが、一番の原因?」
「それだけではないが・・・半分くらいは」
「後の半分は?」
もう、その半分の原因が何か、コンラッドは予想できていた。
その言葉が彼をここまで追い詰めてしまったのかと思うと、言った自分が許せない。
「ユーリ・・・」
黙ってしまった少年を抱き寄せて。名前を呼ぶと、彼の背中が震えた。
「言って。・・・どうして教えてくれなかったんです?何で話さずに自分の中に溜め込むんですか」
話して欲しかった。一人で背負い込まずに、不安も怒りも何もかも。
全て、受け止めてあげるのに。
「・・・あんたにとって、おれはどんな存在なのか不安だった。ただの陛下なのか、名付け親になった子だからとか、・・・この魂がジュリアさんのものだからなのか・・・とか・・・」
最後の方は嗚咽が混じっていた。コンラッドは優しく背をさすって、焦れることなくユーリが自然に話すのを辛抱強く待った。
「あんたの・・・っもう一人の人格の方が相応しいって、言った言葉が痛くてっ・・・夢の中で言う彼と同じこと言うからっ」
ドンッ!とユーリの拳がコンラッドの胸を叩く。今までの全ての想いをぶつけるかのように。
「おれはいらないの?って・・・ずっとそう・・・っ」
「ユーリ」
言葉を遮るように名を呼んで、抱く腕に力を込めた。
「あなたをいらないなんて、思う訳が無い。あなたは俺にとって何者にも替え難い人なんだ」
腕の力を緩めて、そっと体を離す。
瞳を覗き込むと、綺麗な黒曜石から大粒の涙がいく筋にも零れ落ちていた。
ユーリが、戻ってきたと。瞳の違いで、雰囲気で、それを確かに実感する。
「ちゃんと言葉にしてください。俺はそんなに頼りない・・・?」
「あ・・・ちがっ」
再びあふれ出した涙に、コンラッドは唇を押し当てた。
しょっぱい味が口の中に広がっていく。
「ごめん・・・コンラッドの・・・せいじゃない、おれが悪いんだ・・・ごめん」
「謝るのは俺の方です。あの時ムリにでも聞き出しておけば、こんなことにはならなかったかもしれない」
彼が瞳を伏せて拒否を示したから、あえてそれ以上の追求はしなかった。
あの時ユーリは、どれだけの不安を抱えていたのだろうか。
「・・・約束して。決して一人で抱え込まないと。今日のようなあなたを見るのは、もう沢山だ」
「コンラッド・・・」
「逃げることは悪いことじゃない・・・。辛いならそう言って、泣きたいなら泣いてもいいんです」
睫毛に残る雫を掬い取り、そのままユーリの唇に口付けた。
乾いた舌を潤すように、コンラッドの舌が絡みつき、吸い上げる。
「ん・・・っ」
ちゅっ、と音を立てて離れると、再び抱きしめた。
その存在を確かめるように、お互いがお互いの存在を求めて。
感じあう温もりに、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
+ END +
|