| 臆病な君 |
一瞬、強烈な光が室内を満たした。 数十秒後、地を揺るがすほどの音が鳴り響く。 「ひっ・・・」 肩を震わせユーリはケルトを頭から被った。 外は大粒の雨。 この時期地球同様、眞魔国も雨季に入る。 一昨日から崩れた天気は今日の夕方から荒れ始め、夜が更けたいまでは土砂降りのような雨模様となっていた。 眠りについてから約2時間、あと半刻ほど経てば日付が変わる。 「・・・こ、こわくないも、・・・ひゃっ」 再び鳴った雷鳴に、ユーリの矜持が脆くも崩れ去る。 体が小さくなってからと言うもの、大きな音に敏感になってしまったユーリには、雷の音が何よりも強敵になった。 被っていたケルトからひょっこりと顔を出し、音が止んだのを確認してスクッと立ち上がる。 ケルトを体に巻きつけたまま敷布を離れると、小高い枕の山をよじ登って彼の元へと近寄った。 その口元からは穏やかな寝息が聞こえ、ユーリの心を少しだけ軽くする。 三度目の雷鳴。 ビクリと身を震わせ、ユーリはいそいそと眠るコンラッドの頬に己の頬をすり寄せた。 涙の浮かぶ瞳がぱちりと弾ける。 「ふひっ・・・、こ・・・らっどぉ・・・」 小さな手がコンラッドの頬に触れる。 掌と頬から伝わってくる彼の温度にきゅ、と唇を噛み締めて。 硬く硬く、瞼を閉じた。 「・・・・・・」 無意識の条件反射、だったのだろう。 寝返りを打とうとし、コンラッドはぽっかりと見開いた瞳で目の前の彼を見つめた。 頬に擦り寄るようにしながらも、頭からすっぽりケルトを被っているユーリの体は小刻みに揺れている。 時折聞こえる声は外で鳴り響く雷鳴と共鳴していて、その度に揺れる体の振れ具合も大きくなった。 余程近いのか、雷光と雷鳴の感覚はとても狭い。 「・・・・・・・・・ユーリ?」 「っ、ぁ・・・」 ぴくんと小さく震えたあと、ケルトの隙間から顔を覗かせたユーリの顔にコンラッドは目を瞠る。 大きな瞳からは大粒の雫が幾度も零れ落ち、黒い双眸が赤く染まっていた。 布団に投げ出していた腕を持ち上げて、その目元をそっと撫でる。 「ん・・・っ」 「どうしたの・・・?」 コンラッドの手が目元を拭った後、優しく髪を撫でた。 その温度に、緊張に固まっていた体から力が抜け、涙腺が滂沱の滝へと変化する。 「こんらっど〜っ」 ぴょこっと立ち上がったユーリはケルトを払い落としてコンラッドの頬に縋りついた。 轟く雷鳴、震える体。 コンラッドは状況下に納得し、ふわりと笑みを浮かべるとその体を左手で包み込んで引き寄せる。 小さな体はとても冷え切っていて、時刻を確認せずともどれだけユーリが一人怯えていたか窺い知れた。 「おいで。大丈夫、恐くないよ」 「こ・・・こんらっど・・・っおと、おおきくて・・・っ」 「うん」 「こ、こわくないっておもっても・・・どーんって、お・・・おとがおおきいの・・・っ」 ひくっと喉を引き攣らせ、それでも懸命に言葉を綴る姿にコンラッドは壊さないようにそっと、優しく抱きしめた。 「気づいてあげられなくて、ごめんね・・・」 ぽろぽろ零れる透明な涙。 舌先で涙を掬い取り、頬にちゅっと口付けて何度も何度も頬を擦り合わせた。 そうしてユーリが泣き止むのを待ち、コンラッドは再びユーリの体をケルトに包み込む。 「今度からは俺を起こしていいから。・・・ね?」 「・・・でも、こんらっど、つかれてるのに・・・」 「これくらい何ともないよ。むしろ貴方が一人で泣いている方が辛い。こういう日は一緒に、貴方が眠くなるまで夜更かししよう?おしゃべりをして、笑って、お腹が空いたらちょっとだけ厨房から茶菓子を拝借してね。」 「・・・いいの・・・?」 未だ濡れた瞳を数回瞬かせ、窺うように眉根を寄せる。 ユーリとしてはあまり進まない申し出なのだろうが、コンラッドは「もちろん」と頷いた。 髪を撫でる手を止めず、真っ直ぐにユーリの漆黒の瞳を見つめてふうわりと微笑みを向ける。 「その代わり、もう何があっても独りで耐えないで。・・・まったく、こんなに体を冷たくして」 「ん、」 冷たくなった場所を暖めるように、額、頬、鼻、唇、顎、首、掌、と順を追って口付けて行く。 その度に吐息を零し、小さな掌が頬に添えられた。 「んやぅ、こんら・・・ぁっ」 「・・・うん、随分と暖かくなってきたね」 にやりと口の端を持ち上げて笑い、意地悪げにユーリの敏感な場所を唇で掠めると顔を離す。 もう一度唇にキスを送り、ユーリの顔を覗き込んで。 「・・・どうやら、安心したみたいだな」 すぴすぴと穏やかな寝息を立て始めたコイビトに、コンラッドはくすっと笑みを零す。 雷鳴は未だ留まることを知らず、雷光に連なって世界を支配したまま。 しかし、その音にももう苛まれることはないだろう深い眠りへと落ちていったユーリを片手に包んで。 「良い夢を、ユーリ」 コンラッドは頬を緩め、その手の中にいる存在に頬を擦り合わせた。 |