- Passieren 3 -

 ねぇ、どうしておれが一番じゃないの?
 どうして、あんたはいつも先を行くの。
 どうして、こんなにも差があるのだろう・・・。






 彼の声はとても穏やか。
「シュリフトは十貴族に値しなくとも、それ相応の身分の女性でした。」
 ある日、ツェリが催した夜会の席でコンラッドとシュリフトは出会った。
 第一印象は清楚で大人しいイメージを抱いたのだが、その印象はすぐさま覆されることになった。
「彼女の母とうちの母は幼馴染で、母が魔王の座に、彼女の母がカーベルニコフ領へと嫁いだ後も時々催し物に招いていたそうです。それで、その夜会のときに母に頼まれ踊ったのが彼女だったのですが・・・」
 一瞬口篭り、それから苦笑を浮かべる。
「ダンスは全くの素人だったんですよ。何度足を踏まれたことか。」
 それからひたすら謝罪をする彼女に構わないといい、母親同士は話に花を咲かせているため居場所をなくしたシュリフトを気の毒に思ったコンラッドはベランダへと誘い出た。
 そこでいろんな話をして、コンラッドは彼女に惹かれたのだと言う。
「人間と魔族の血を引く俺を彼女は厭う事もせず、対等に接してくれた。そして彼女もまた、あなたと同じように血に拘らず平和を望む一人だったんです。」
 すでにその時代から人間の国とのいざこざが絶えなかった眞魔国は、いつの日か開戦する事になるだろうと密やかながらも囁かれていた。
 もちろん、成人前だったといえども一刻の軍事学校へ入学していたコンラッドはその噂を、そして噂自体の真偽さえも見通していた。
 いずれは開戦するだろう、と。
 けれども、平和を望む彼女にその真実を告げることが出来るはずもなく、惹かれながらもどこか冷やかにシュリフトと言う人物を見分している自分を自覚していた。
「本質的には・・・スザナ・ジュリアと似たような性格の持ち主です。あなたも知っての通りあのようにさっぱりとした性格ですからね。」
 頬に触れる柔らかい感触に自分から擦り寄って、コンラッドは静かに瞼を降ろす。
 その眼裏に浮かぶのは、過去の情景。
「母にも薦められ、俺は彼女と交際し始めました。さっき言った通り全てが初めてだった。交際することも、口付けも、肌を重ね合わせることも・・・。」

 情事を知った男がどうなるか、それはあなたもわかるでしょう?

 瞼を持ち上げたコンラッドは、先ほどから寄りかかったまま動かず沈黙を保つユーリを見下ろす。
 寝ているわけではない。それは気配でわかる。
 だが、その深い漆黒の瞳は瞼の奥に覆われたまま。
 構わずコンラッドは言葉を紡いだ。
「ただ貪欲に、俺は彼女を求めた。彼女の心――と言うには些か語弊があるかもしれないな。寧ろ体を、快楽を求めた。」
 今思えば、何て軽薄な男だろう。
 結局、惹かれ恋していた相手にさえも自分は最後まで心を開いてはいなかったのだ。
 その証拠に、今彼と共にいることをこんなに幸せに感じている。
 共にいるということがどれほど素敵なことか思い知らされた。
「――どうして別れたの」
「・・・どうしてでしょうね。簡潔に述べるとすれば自然消滅、かな。すぐに俺は16の歳を迎え成人の儀を行って、眞魔国に忠誠を誓った。そして開戦・・・」
「ジュリアさんとは・・・」
「言ってきた通りです。彼女とはただの同士だ。彼女はアーダルベルトを愛し、その想いを貫いたまま生涯を閉じた。」
 それで終わり。
 言葉の変わりに沈黙で持って告げるコンラッドに、ユーリはゆっくりと上体を起こす。
 暫く微動だにしなかった後、ゆるりと顔を上げたユーリがコンラッドを見上げて腕を伸ばした。
「ユーリ・・・?」
 名を呼べば唇に、桜貝を乗せたような指先を押し当ててくる。
 するりと掌が滑り、頬を挟んで引き寄せられた。
「っ・・・」
 唇に触れる暖かな温もり。
 そろ・・・と恐る恐る舌が唇をなぞった。
 合わせ目にあわせて擽るように動き、薄く開いてやるとやはり兢々(きょうきょう)と侵入してきてコンラッドの舌に舌を絡める。
「ふ・・・、っん」
 くちゅ、と水音が耳に木霊し、それだけで心音が跳ね上がった。
 甘く啼く、ユーリの鼻の掛かった声にも刺激され、コンラッドの下肢が疼きだす。
「・・・、これは誘っているの?ユーリ」
「それ以外にどう見えるわけ?」
 僅かに唇を離し、吐息を零して艶やかな唇を持ち上げる。
 ベッドにコンラッドの体を押し倒してユーリは逞しいその腹に乗り上げた。
「ユーリ、」
「おれがする。・・・おれが、あんたを気持ちよくさせる」
 服の釦を一つ一つ丁寧に外し、シャツを肌蹴させて胸板に顔を近づける。
 服の下に隠れているときはそれほど分からない筋肉だが、こうして眼前に晒せば自分より逞しいことは否応に知らしめられる。
 ちろりと赤い舌を突き出して、つ・・・と辿りそこにある突起に絡ませた。
「っ、」
 息を呑むのが気配から伝わってきた。
 あぁ、やっぱりコンラッドも感じるんだとほっとして、ユーリはさらに執拗にそこを攻める。
 彼がいつもするようにわざと音を立て、突いたり捏ねたり甘噛みしたりとやり様を変えて。
「ユー、リ」
「きもちイイ?」
 上目遣いに見上げれば、僅かに眉根を寄せるコンラッドと視線がかち合う。
 ふわりと微笑を浮かべ、コリ・・・と甘噛みした後強く吸い上げた。
「くっ・・・」
「ちゃんと、感じてくれてるんだ」
 敏感に反応を返すコンラッドの下肢に手を伸ばし、布の上からゆるりと撫でるとさらに硬度を増した。
 自分でも知らなかった高揚感。
 けれど、それと同じくらいの嫉妬心が渦巻いて今自分が何を考えているのか分からない。
 コンラッドにはもう関係ないこと、終ったことなのだからと言い聞かせても心は理解してくれなくて。
「ここ、もう触った方がいいのかな」
「ユーリ、もういい。上から退けて・・・」
「ねぇ、シュリフトはどうやってあんたをイかせたの?コンラッドは何処を触ればもっと気持ちよくなる?」
 勃ち上がったそこに布の上から頬擦りし、ベルトのパックルを開けて前を寛げる。
 下穿きのゴムを引き下げ自己主張を惜しげもなく晒す欲心にコクリと唾を飲み込むと、そろりと舌を伸ばした。
「ユーリ・・・っ」
「ふ、ぅくっ・・・」
 口いっぱいに頬張り、咥内に収まりきらない場所は掌で満遍なく扱く。
 次第に青苦い味がし始めて、コンラッドが先走りを零しだしたのだと気づいた。
「ん、んっ、はふ・・・」
 ちゅ、ぢゅく、と卑猥な音が部屋を満たしてさらにコンラッドの欲心を刺激し、ユーリの下肢をも育成させる。
 鈴口を中心に舌で愛撫を繰り返していると、ドクンと強く脈打った。
「離してユーリ、・・・離しな、さい・・・っ」
「いいよ、出して」
 そういって強く扱き、同時に搾り取るように吸い上げる。
「・・・っ!」
 ビクンッ、と跳ねた後、欲望の飛沫が咥内に吐き出された。
 数回に渡って全てを出し切ると、深い吐息が頭上で零される。
「・・・ユーリ」
「この後はどうすればいいんだろ。あぁ、今度はおれの中でイク?」
「ユーリ」
 口調を強め、厳しい眼差しでコンラッドはユーリを睨み据えた。
 強引にその体を引き摺り下ろし、逆にシーツへ縫い止めて。
「どういうつもり?まるで彼女の遣り口を真似るかのようだ」
「おれは真似れたんだ?・・・ただあんたを気持ちよくさせたかっただけだけど」
 そんな答えは要らないというように目を眇められ、ユーリは問われた事に対しての回答を与えた。
 重い溜息が一つ。
「いつものあなたらしくない。どうしたんです?そんなに俺が彼女と寝たことが面白くない?」
「違う。ただおれはあんたを気持ちよくさせたかっただけだ」
「こんな気持ちの篭らない行為で気持ちよくなれるとでも思ってるの」
「っ・・・」
 地を這うような声は、しかし表情とは異なる表現。
 その瞳は痛々しげに細められ、押さえられた手首に更なる力が加わった。
 けれど今のユーリにはそんな細かい部分まで反応し切れなくて。
「じゃぁっ、じゃぁどうすればいいわけ?!おれはシュリフトさんのように豊満な胸も、綺麗なラインを保った体も、理解のある頭も持ってない!あの人のようにコンラッドを精神的に支えることも出来ないっ!年齢だって、あんたとおれは何十歳もかけ離れてるんだっ!!」
 置いていかれる。
 何もかもが自分は彼女に劣っていて、そして自分は子供だからそれを理解していても納得は出来なくてもがき苦しむ。
「おれにあんたを引き止める方法があるとすれば、こんなことだけなのに・・・っ!!」
「ユーリ・・・っ」
 絶叫に近い叫びを上げ、がむしゃらに髪を振り乱して暴れようとする体をコンラッドが掻き抱く。
 泣いてはいない。彼は決して泣く事をしないから。
 人前で涙を見せることを由としないから。
 それはこうして、自分の感情をぶつけたときも同じ。
 泣く変わりに奥歯を噛み締め、必死に自制を促してしまう。
「ごめん、ごめんユーリ・・・っ」
「ち、がう・・・おれはコンラッドを責めてる訳じゃない。分かってるんだ、もう終ったことだから今更何を言っても仕方ないって、コンラッドがおれを好きでいてくれてるのも分かってるから。だけど・・・っ」
 理解と納得は必ずしもイコールでは結ばれないのだ。
 自分はとくに、恋愛に関しては経験値が0だから余計に敏感になってしまうのかもしれない。
「・・・めん、ごめん。嫌な思いさせて、ごめんなさ・・・っ」
「謝らないで・・・俺が、浅はかだったんだ。気にして当たり前のことなのに、あの時のあなたがあまりにも自然と接していたから、ユーリの気持ちに気づけなかった。あなたがどんな思いをしていたのか、気づいて然るべきなのに・・・っ」
 どれだけ不安だったか、不快に思ったことか。
 力を失った手に手を重ね、指を絡ませる。
 握り締めた手は、握り返すことをしなかった。
 それはまるで、何かを諦めたかのよう。
「ユーリ、あなたが自らしてくれたことは嬉しかったよ?けれど、そんなことをしてくれなくても俺が想っているのはユーリだけだ。これほどの執着心はシュリフトにも持ったことはないから」
 未だ奥歯を噛み締めたままの唇に触れるだけの口付けを落とす。
 それから瞼にも唇を押し当てて、開けてと囁く。
「・・・コ、ンラ・・・」
「あなたは男で、彼女に対してのコンプレックスを持ってるかもしれない。だけどね、俺が好きになったのは"男のユーリ"なんだ。この髪、瞳、唇、輪郭、そして体・・・。どれを欠いてもダメ。この全てのパーツが揃って初めて、俺はユーリを好きになったんだよ。」
 色を失っていた瞳が、次第に光を取り戻す。
 くしゃりと歪められた表情にふぅわりと微笑みかけ、もう一度、今度は優しくその体を抱きしめる。
「不安にさせてごめん。・・・愛してる、ユーリ」
「コンラッド・・・っ」
 一雫、頬を伝ってシーツの波間に溶けた涙。
 それを辿るように舌を這わせ、全てを吸い取ると唇に己のを重ね合わせた。
「んっ、ふ・・・ぁっ」
「二人で、今度は気持ちよくなろう。俺もユーリを気持ちよくさせたいから・・・」
 返事の変わりに首筋へ頬をすり寄せる仕草に、コンラッドは頬を弛めた。
 それはユーリからの合図。
 恥ずかしいときや仲直りをするときに見せる仕草。
 額に口付けを落としたコンラッドは、ユーリの胸へと唇を寄せた。









 その次の日、コンラッドの隣で共に夜を過ごしたユーリの姿は、朝方には忽然と消えていた。