| - Passieren 1 - |
人とは、どうしてこうも独占欲が強いのだろう。 それがたとえ過去のことだったとしても、そうだと割り切れるほどユーリは大人にはなりきれていない。 だからこそ、いつも稚拙な己の考えや行動が恨めしく感じて・・・だけど、治せなくて。 そんなだから、あのような事件が起こってしまった――。 その日は朝から執務の多忙さに辟易していた。 「あー・・・なぁ、グウェンダルー」 「・・・・・・何だ」 縦皺の深い眉間を人差し指で揉みこみながら、じろりとグウェンダルが睨んでくる。 ユーリはそんなグウェンダルに苦笑を浮かべ、突っ伏していた机から上体を起こすとぐっと背を伸ばした。 「あんたも疲れただろ?少し休憩しようぜ。」 「まだ3分の1残っているんだが?」 「ちゃんとやるって。な?」 自分には豪華すぎる高級椅子から立ち上がり、そのまま入り口へ向かう。 ノブを捻ろうと手を伸ばし――すぐに引っ込めた。 「? どうした。」 「ん?いや、衛兵さんに頼む必要なくなっちゃったなーってね」 そう言って3歩、扉から離れる。 ――と。 「失礼します。そろそろお茶の時間に・・・・・・って、陛下?」 「ナイスタイミングっ!んでも陛下言うなよ名付け親。」 「失礼、ユーリ。で、どうしてこんなところに立っているんですか?」 ティーセットを片手で器用に持ったまま入室を果たしたコンラッドは、目の前に立つユーリに柔らかな笑みを向けた。 そして主の背後に視線を向け、そこにある仏頂面に目元を弛める。 「・・・なるほどね。来るのがちょっと遅かったかな」 「んや、バッチリ。天気いいし、窓際にテーブル寄せてお茶にしよ?本当なら外に、って言いたいところだけど、そこまではお許しでなさそうだからさ。」 「この未決済書類が片付けばいくらでも外に出してやる」 「解ってますってばっ」 もーっ、とがっくりと肩を落としたユーリに肩を震わせ、その背に掌を宛がって歩みを促す。 「さ、貴重な休憩時間ですから早く席に座って。」 「・・・・・・、だなっ」 ちらりと上目遣いに見上げてきたユーリへにこりと微笑めば、彼もまた満面の笑みで応えてくれる。 「あ、それおれが持つ。」 コンラッドの手にある盆の上に乗った小さなバケットを手に取り、トテトテ、と小走りにテーブルへ駆けた。 テーブルの上に置き、埃避けのキルトを持ち上げるとそこには見慣れた形のお茶菓子。 「あっこれクッキー!」 「良かった。うろ覚えで作ってみたんで不安だったんですが・・・食べてみて?味はどうかな」 ユーリに倣ってティーセット一式を置いたコンラッドは、カップに熱々の紅茶を注ぎ入れながらまじまじとクッキーを見つめている主に進めた。 手布できれいにした指で、程よい厚みのクッキーを一枚抓み上げ口に含む。 サクサクっとした食感が聞こえたかと思うと次いで嚥下された音が部屋に木霊した。 「んーっ美味い!さっすがコンラッドっ」 「ほら、口についてる。慌てなくてもまだ厨房に余ってますから、ゆっくり食べてください。」 「やったっ」 指の背で口の端を撫でられ、菓子屑を拭われる。 しかし今のユーリには目の前のお菓子にしか目が行っていないらしく、出された紅茶を飲んでは片っ端からクッキーに手を伸ばしていた。 「グウェン、早く食べないとあなたの分までなくなるよ?」 「・・・・・・・・・・・・いや、私はいい。それに食わせてやれ」 「んぅ?グウェン食べないの?こんなに美味しいのに勿体無い。」 ハムスターよろしく頬をもこもこさせつつ、ユーリはきょとんと首を傾げた。 その仕草にグウェンダルは知らず視線を外し、こほんと小さく咳払いする。 「私は決済の終えた書類を置いてくる。戻ってきたら再開だ。」 「りょーかーい」 「いってらっしゃい」 二人に見送られたグウェンダルは、扉を出たところで深々と溜息を吐き出した。 あれで本人達は自分たちの主従関係以外の『関係』を押し隠しているつもりでいるのだから・・・疲れる。 「まぁ、コンラートは知っていてやっているのだろうが・・・」 爽やかに送り出したすぐ下の弟を思い出し、先とは違う重い溜息を再び吐き出してグウェンダルは歩き出した。 * * * 執務から開放された2日後。 朝のロードワークを終えたユーリとコンラッドは、朝食も取らずに馬に跨っていた。 もちろん、変装はバッチリ完璧だ。 「今日は何の市が立ってるの?」 赤茶の髪を風に靡かせながら、ひょこりと背後を仰ぎ見たユーリは背中を預ける名付け親を見遣る。 「そうですね・・・確か今年オープスト地方で豊作だったらしく、そこの名産市が立っているはずですよ。」 「オープスト?」 「ええ。ここから南東に馬で10日ほど下るとある地方です。気候が暖かいので、果物が育ちやすいんですよ。」 「へぇ・・・、楽しみだなっ」 にこりと微笑むユーリにコンラッドも頷き、再び談笑を楽しみながら道程を進む。 暫くして城下の外れにある、コンラッドの知り合いが経営している宿屋兼酒場にノーカンティーを預けると二人は徒歩で市の立つ中央通りへと向かった。 通りはこれでもかと言う程の人で溢れ返り、並ぶ出店からは威勢のいい掛け声が上がる。 その一軒一軒をゆっくりと時間を掛けて眺めて、珍しいものがあれば隣に並ぶコンラッドに訊ね、時にはお土産にとお小遣いの中から買い物をして。 「そろそろ朝食にしましょうか。」 「そだね。んーと・・・・・・あっ、あっちに採り立て野菜を出す屋台がある!コンラッド、あそこにしよ?」 「ええ」 無意識なのだろうか。 くいくいっと服の袖を引く仕草に頬を弛めつつ、コンラッドはユーリにつられて屋台へと足を向けた。 ふ・・・と。 それは一瞬だった。 ユーリを見つめたまま、屋台に向けていた足がピタリと止まる。 それは微かに香った爽やかな香りのせいだったのかもしれない。 いや、ユーリを見つめている視線の端に、少しでも姿が映ったからかもしれない。 瞠った視界に、良く見知った――忘れようとしても忘れられない人物の姿が色鮮やかに浮かび上がる。 あの、記憶と共に・・・。 「・・・シュリフト・・・」 呟いた名は、風に乗って彼の人まで届いた。 |