| 02.会いたい衝動 |
冬の冷たい風が、突き刺すように頬を撫でて行く。 「うひゃっさむ!」 「そんな薄着だからだよ。マフラーしてくればいいのに、美子さんお手製の」 「ンなこといったって、今日に限って忘れたんだから仕方ないだろ。・・・ってか、だからどうしてお前はうちの母親の名を軽々しく呼んでんだよ・・・」 「え?だってお友達だしー」 お友達ってお前、人の母親だぞ?年なんぼ離れてると思ってるんだよ・・・。 そんなユーリの内情などお構いなしで、村田は数歩先をてくてくと歩いていく。 頭上にあるはずの太陽は雲に覆われ、夏の時のような輝かしい光は降り注がず。 草木も冬眠の季節を迎え、今はひっそりとして。 道行く人は皆、寒さに身を縮こませて足早に赴く場所へと歩いていく。 一見すると寒々しい光景。 だが、そんな光景も見ようによっては暖かいものになる。 「村田、マック寄ってかない?」 「んー?いいねぇ、寒いしお腹もちょこっと空いてきたところだから入ろうか」 一つ頷き数メートル先にあるテンポ内へと足を進める。 ユーリも後に続いてそこに入り、軽い食べ物と飲み物を頼むと二人で窓際の席を陣取った。 「・・・あ、雪」 「ホントだ。うーん、雪が降るとやっぱり"冬"って感じがするなぁ」 「そーだな・・・」 しみじみと、吐息を吐き出すような応えに村田は目を細め。 それでも何も言わずに、ユーリと同じく天から落ちる白い雪を見つめた。 ふわふわ。 落ちては消えて、消えては落ちる。 降り続く雪は何を思い出させているのか、一心に見つめるユーリの内情は村田には計り知れない。 と。 こちらの視線など全く気づいていないユーリは、無意識に胸元へと手を伸ばす。 そこにあるものは、ユーリを知る人物だったら誰でも知っているもので。 シャツの中から引っ張り出されたライオンズブルーのペンダントを掌の上で転がし、そっと口元に持っていく。 ちゅっ。 微かな音。 賑わう店内では掻き消えてしまうほどの小さな音。 そして、その音と共に彼の周りの空気がふうわり、和らいで。 「・・・会いたい?」 「え?・・・あっこ、これはそのっ」 思わずの問いに漸く現実世界に戻ってきたユーリは、慌てて手に持っていたペンダントを離す。 それには気にも留めず、村田は目を細めてユーリの姿を見遣り。 「それの持ち主に会いたい?渋谷」 「あ・・・ぅ・・・えーと・・・・・・・・・ぅん・・・」 そうしてまた、胸に落としたライオンズブルーを掬い取り。 ふわっと笑みを浮かべる。 「やっと・・・帰ってきてから始めての冬じゃん?雪ってさ、あんまいい思いでなかったから・・・」 「確かに、君にとってはあまりいい思いではないよね。じゃぁ、まずはその買ったものを食べちゃって」 「え?」 「会いたいんでしょ?彼に」 にっこりと笑顔を浮かべてそう問えば、ユーリは仄かに頬を桃色に染めて小さく頷く。 それに頷き返し、テーブルにある、未だ手の付けられてないハンバーガーを指し示した。 「さて、ここでいいかな」 「い、いいって村田?お前まさか・・・」 「うん?会いたいんでしょ?」 「いや、そりゃ会いたいのは山々なんですが・・・ででででもほらっ今日はいいよ!なっ?」 「ごちゃごちゃ言わないさっさと行く!」 おどおどと後退する身体を引き寄せ、密かに馴染みと化している森の池に突き落とす。 「わっちょ、むら・・・たぁ〜っぶはっ」 「行ってらっしゃい、今回は僕はお留守番してるよー」 沈む身体にひらひらと手を振り。 再会できたであろう恋人に。 「会いたいと思うなら、会えるときに会わなきゃね。・・・今まで我慢してきた分も」 数分、数十分で帰還するであろう彼を思いつつ、村田はポツリと誰もいない池に囁いた。 「ぶっごほ、ぶはっ!・・・・ったく、何なんだよあいつはいきなり・・・っ」 見渡すそこは森の中。 どこかの湖にでも導き出されたらしい。 ぷるぷると頭を振り水分を弾き飛ばして、ほぅ、と小さな溜息を一つ。 次いでくしゅっ、とくしゃみをし、ユーリはゆっくりと湖の中から腰を上げた。 岸辺に近い浅瀬だったので、溺れることはない。 「・・・っだ〜さむっ!」 時間軸が重なったのか、こちらもどうやら冬らしい。 冷たい風にふるりと身を震わせ、水分の含んだ重い服を引き摺って水の中を歩く。 「・・・あ。」 すると、何処からともなく聴き馴染んだ声が自分を呼んだ。 「陛下っ!」 「ウェラー卿」 水面に佇む自分を見つけ、安堵の息と共に駆け寄ってくる相手に間髪入れず応える。 それに一瞬動きを止めて、そして緩やかに目尻を下げて。 「すみません、ユーリ」 「よろしい。あ、いいよいいよ、そこにいて。今上がるからさ」 水を掻き分け近寄るユーリを見遣り、コンラッドの表情が俄かに曇る。 手に持つ大きなバスタオルを広げて、漸く岸辺に上がったユーリの身体を己の腕の中に囲い込んだ。 「あ、こらっあんたまで濡れるだろ?!」 「いいから黙って。・・・まったく、こんな時期にこんな場所に呼ばれるなんて・・・ウルリーケも少しは考えてくれてもいいのに」 小刻みに揺れる身体に眉間の皺を深くし、コンラッドは自らの着ていた上着もユーリに着せる。 「いいってばっコンラッドだって寒いだろ!」 「俺のことは気にしないで下さい。濡れてないからあなたより何倍も風邪を引く確率は低い」 それから「失礼します」と断りを入れ、ユーリの身体を抱き上げた。 「わわっお、降ろせって!」 「嫌です。お願いだから大人しくしていて。こんなに冷えて・・・」 「心配性だなぁ、相変わらず」 苦笑を零し、漸くユーリは大人しくコンラッドの腕の中に収まった。 ちゃんと掴まって、と言う言葉に素直にコンラッドの首へ腕を回して。 「それにしても・・・なんだって今回はこちらに?あなたが呼ばれるほど大きな事件は起きてないのに」 「あー・・・まぁ、そりゃそうだろう・・・なぁ」 「ユーリ?」 あはは、と笑って視線を逸らすユーリを訝しく思い、コンラッドは歩く速度は緩めず視線をユーリへと落として。 しかし、彼はコンラッドの首に顔を埋もらせたまま上げようとせず、その腕に力を込めただけだった。 「・・・何か、あった?」 「ん?んー、いや、何もないんだけどね。ただ・・・会いたいなって、思っちゃってさ」 そうっと上げられた目尻は仄かに紅く。 眇められた瞳は、照れを隠そうとしきりに瞬きを繰り返して。 「雪が、さ。日本で降ってて・・・コンラッドに会いたいなって、会ってぎゅーってして欲しいなって、思っちゃって・・・。そしたら村田に湖に連れてかれて落とされて、こっちに来ちゃったんだけど」 それからまた視線を落とし、ユーリはコンラッドの首に擦り寄った。 その一つ一つの動作が、言葉が愛しくて、愛しくて。 コンラッドは抑えきれない衝動に強く腕の中の温もりを抱きしめる。 「ありがとう、ユーリ。・・・俺も、あなたに会いたかった」 「・・・へへっ、良かった」 ぎゅっと互いを抱きしめ合い、そうしてどちらからともなく体を離すと、目を瞑って触れるだけのキスを。 コンラッドはユーリの体を抱きしめたまま、ユーリは間近にあるコンラッドの頬に手を添えて。 「おかえり、ユーリ」 「ん・・・ただいま、コンラッド」 見つめ合って微笑んで。 そんな、他愛もない時間が幸せで。 ゆっくりと、降り始めた雪景色の中、二人の影が一つに重なる。 苦い記憶は雪解けに。 そして、幸せな記憶が、空から降り注ぐ。 |
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05.12.14 |