WEB CLAP 3
  消えていく記憶  -「遠い約束」番外-





 ――持っていてはいけない記憶なのです。

 判ってはいても、気持ちはついていかなくて。
 どうして持っていてはいけないのか。
 何故別れなければならないのか。
 一緒に居た男の事も気になる。
「ユー・・・リ、」
 会いたい。
 離したくない。
 それなのに・・・。



 森の中を、重い足取りでゆっくりと歩く。
 少しずつ、少しずつ。
「・・・・」

 一歩。
 会ったときの彼が、消える。

「・・・・」

 一歩。
 自室のベッドに座ってこちらを見る彼が、消える。

「・・・・」

 一歩。


 消えていく、彼が。
 記憶の中に居る、記憶にある彼の姿が。
 一歩、また一歩と足を踏み出すたびに大切な記憶が消えていく。

 ――ウルリーケの術によって。

「ユーリ」
 最後に彼が残してくれた、唯一の真実。
 そして、一つの約束。

『いつの日か必ず、・・・必ずまた会おう』

 消えていく記憶の中、ただ一つ心に残るように。
 それだけを、ずっと。



 ノーカンティーに乗って、見えてきた血盟城にほぅ、と吐息をつく。
 厩舎に愛馬を預け、自室へとコンラッドは向かった。
 ゆっくりと、時間を掛けて。
 最後の一つを消してしまわないように。
 そっと。
(ユーリ・・・)
 かちゃり、とドアノブが微かな音を響かせた。

 瞬間。

「―――」


 さよなら・・・。








「コンラート、失礼しますよ。」
 半分開かれたままの扉から、ギュンターが顔を覗かせる。
 部屋の主は何をするでもなく、部屋の真中で呆然と立ち尽くしていた。
「眞王廟から報せで、至急来てほしいとの事です。・・・コンラート?」
「ギュンター?」
 振り返ったその瞳は、何処となく虚ろ。
 そして、ギュンターを驚かせたのは、コンラッドの頬を伝う透明な雫だった。
「どうしたのですっコンラート?!」
「? 何が、」
「涙など流して、何かあったのですか?」
「涙・・・?」
 目を瞠らせて、コンラッドはそっと自らの頬に指を這わせた。
 確かに濡れた感触がある。
 零れ落ちる涙は、たった一滴。
「・・・何で」
 ぽっかりと空いた、心の奥。
 ぽたりと落ちた雫は、床に散らばったままの包帯へ吸い込まれた。
 所々血の染みた、薄汚れた包帯の上に。
「どこか怪我でもしたのですか」
「・・・いや、俺はどこも・・・」
 服の袖で顔を拭い、コンラッドはその包帯を手に取る。
 汚れているところ意外は、まだ真新しい。
 最近使ったばかりのものか。
「よくわかりませんが、取り敢えず至急ウルリーケが眞王廟まで来るようにとの事です。」
「俺を?」
「ええ、着替えを済ませたらすぐに向かうように。」
 そう言うと、ギュンターは微かな笑みを口の端に乗せて。
 無理は禁物ですよ、と一言呟き部屋を後にした。
 そんなギュンターの背を見送り、コンラッドは再度手の中にある包帯に視線を落とした。
 記憶などない。
 けれども・・・。
「・・・7月、か」
 ポツリと漏れた言葉に知らず苦笑を零し、コンラッドは包帯を丁寧に畳んで抽斗の中へとしまった。



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