WEB CLAP 13 温もり 【コンラッドとちびユーリ陛下】 普段の体温より、より高い体温にコンラッドが吐息を落とす。 さらりと撫でた頬は熱のせいでか赤く、零れる吐息も苦しげで荒い。 少年の額に乗せられた小指の先程度の大きさの、温くなった布を取ると手近にある氷水につけて固く絞る。 大の男の手なので、絞るというよりは"抓む"といった表現の方が正しいかもしれない。 「ぅ・・・んー・・・っ」 枕に顔を擦りつけ、小さな呻きと共につぶらな瞳が瞼の奥から現れた。 「あぁ、ごめん。起こしてしまったかな?」 小さくなっても変わらない、その何処までも深い黒に目を細め、コンラッドは濡れた指先を振ることで水気を飛ばし起きた少年の髪を撫でた。 「こんらっど・・・」 ケルトの中から伸びた手が、コンラッドの指先に絡まる。 そのまま引き寄せられた指は少年のまろい頬に。 「・・・きもちいー・・・」 「ユーリの方が熱いんだよ。まだ熱が高いからね。」 苦笑染みた声は非難めいているものの、決して厳しさは伴っていない。 逆に優しさに包まれるような響きで、ユーリは嬉しそうに更に指に縋りついた。 「こんらっどー」 「ほら、そんなに身を乗り出しちゃダメだよ。暖かくしなきゃ。」 ちろりと抱きつかれたままの人差し指以外を動かし、中指の腹でユーリの首の付け根辺りを擽る。 それからゆっくりと指を引き抜くとずれたケルトを掛けなおした。 「何かお腹に入れようか。スープは飲める?」 「・・・おなか、すいてない・・・」 「何かはお腹に入れないと。ギーゼラに薬を処方してもらったから、飲まないとね。」 このままじゃ、いつまで経ってもお外に遊びに行けないよ? そういうと、ユーリはふるふると首を振ってベッドから見える窓の外へ視線を向けた。 今日の空は快晴で、いつものユーリなら喜んで外へ飛び出していきそうな天気だ。 「そと、いきたいっ」 「じゃぁ早く治そうね。今持って来るからちょっとだけ待ってて?」 「んっ」 席から立ち上がり、上体を倒してユーリの頬に軽く口付けるとコンラッドは踵を返して扉へと向かう。 ノブに手をかけ捻ったとき、背後から小さな掠れた声が自分の名を呼んだ。 「うん?」 「はやく、かえってきねて・・・?」 ケルトから僅かに覗かせている瞳が、寂しそうに、不安そうに揺れる。 それにふうわりと笑みを向け、コンラッドは大丈夫と答えた。 「すぐに戻ってくるから、いい子で待ってるんだよ。」 そう言ってコンラッドは静かに扉を閉めた。 恐らく、昨日一人きりで城外に残されたのが余程効いていているのだろう。 自分が戻ってくるのがもう少し早ければ、彼が勝手に外へと飛び出すこともなかったのだが。 誰にでも愛されるユーリは、もちろん骨飛族も例外ではなく。 小さな体では大きい体のときのように奔放に外へと飛び出すことが出来ないので、窓辺を通りかかった骨飛族に助けを求め外へと連れ出してもらったようなのだ。 だが、それはあくまで外へと連れ出してくれるのみ。 帰りは自力で帰らなければならないことを失念していたユーリは、雪の積もった裏庭に30分程放置されることとなり、コンラッドが見つけた頃には酷く体が冷たくなっていた。 それが原因で、現在彼は風邪に冒されベッドの住人となっている。 「あら、閣下。どうなさいました?」 「陛下がお目覚めになったので食事をね。まだ重いものはお辛いだろうから、スープを貰えるかな?」 「畏まりました。少々お待ちくださいね。」 厨房の入り口に立ったところで中からメイドに声を掛けられ、コンラッドは用件を伝える。 ユーリの風邪はある程度の者には知れていることなので、恐らくスープも既に出来上がっているだろう。 準備が整うまでの時間、廊下で暇を潰そうと厨房を一歩出たところで右手の廊下奥から自身の部下がこちらへと駆け寄ってきた。 「コンラート閣下!」 「どうした?」 何となく嫌な予感は抱いたものの、警備等での問題であれば無視は出来ないので呼びかけに応える。 その手に持っていた書類を差し出してきたので受け取り素早く目を通すと、やはりかと溜息を付きたくなった。 その書面には、城下の西区警備隊詰め所で問題発生との文字が書かれてある。 「問題って?報告は何て来ているんだ。」 「はっ、どうやら窃盗事件が発生したらしいのですが、犯人を捕まえたもののその犯人が子供だとかで・・・」 事情聴取もままならないということか。 思わず出そうになった溜息を何とか堪え、コンラッドは暫し逡巡する。 「・・・今ヨザックは戻ってきていたかな。」 「グリエ・・・ですか?どうでしょう、グウェンダル閣下にお訊ねしないと分からないと思いますが・・・」 「じゃぁ、俺からグウェンダルに聞いてみよう。子供相手なら奴が適任だから。」 先日戻ってきたときにヨザックから聞いた仕事内容と、次回いつ戻ってくるかを思い出しコンラッドは頷く。 上手くすれば捕まえることが出来るはずだ。 「詰め所にはグリエが行くと伝えておいてくれ。それまでは・・・そうだな、何か子供受けのいい食べ物を与えてあげて。」 「分かりました」 ぴっと敬礼をした兵に返礼し、去っていく背にやはり小さく溜息を零した。 「・・・少々遅くなるな」 自分の部屋にいるであろう、己の最も愛する少年を思い浮かべ呟く。 お叱りを受けるのを覚悟し、コンラッドは厨房へスープを直接ユーリの元に届けるよう頼むと重い足を長兄の元へと向けた。 「ぁ・・・っ」 短い悲鳴を上げたときには解き既に遅し。 何処までも透き通った、透明なガラスのカップは空中へと投げ出されて、落下から数十秒後粉々に砕け散った。 「やばっ・・・、うらにわ、だれもとおらなかったかな・・・っ?」 開け放った窓の外をそろりと覗き込み、そこに誰もいないことを確認してホッと胸を撫で下ろす。 だが、それよりも騒がしい人物が室内に駆け込んできた。 「ユーリ?!」 「あ、こんらっど、おかえりー。」 ぱたぱたと手を振って見せると、ユーリの姿を認めたコンラッドが安堵の表情を浮かべ近寄ってきた。 「ガラスの割れる音がしたからビックリした。怪我は・・・?」 「ないよ。でもコップ、せっかくつくってもらったのに・・・」 窓の外に身を乗り出し、そこに砕け散ったカラス片たちを見つけてがっくりと肩を落とす。 某マンガの錬金術でもない限り直せそうにない。 「こら、危ないだろう?それにベッドを抜け出したりして、風邪が悪化したらどうするの。」 「だって、もうあきたー。」 「風邪には休息が一番大事なんだよ。さぁ、ベッドに戻って。」 小さな体をヒョイと抱き上げ、開け放たれた窓をきちんと閉めるとコンラッドはユーリを自身のベッドの枕元にある、ユーリ専用の布団へと横たわらせた。 薬のお陰か、熱は大分落ち着いたみたいだが油断は禁物。 ケルトをしっかり肩までかけてやり、ポンポンとお腹を撫でた。 「もう少しお休み。」 「もうねれないよぅ・・・。」 「じゃぁ子守唄でも歌ってあげようか?」 「それはうれしいけど、それよりあそぼー?」 「風邪が治ったらいくらでも。」 「・・・じゃぁいっしょにねて?」 「え?」 きょとんと眼を見開くと、ユーリはにっこりと満面の笑みを浮かべて自分の隣に空いたスペースをポンポンと叩く。 だが、コンラッドの大きさではそのスペースにはどう頑張っても収まりきらない。 「ユーリ、それはちょっと無理があると思うんだけど・・・」 「・・・はやくもどってくるっていったのに、こんらっどまもらなかった・・・」 「・・・・・・」 ジト目で睨み付けられ言葉に詰まる。 食事は頼んだメイドが食べさせてくれたのだろう。 用意しておいた薬も恐らく飲ませてくれたはずだ。 それらは本来、自分がやるはずだったもので、ユーリもそれを当たり前のように思っていた。 コンラッドは困ったように眉根を寄せ、ごめんねと謝罪を口にする。 「緊急の用があってグウェンダルの元へ行っていたんだ。西区で窃盗事件が発生したらしくて・・・。」 「じけん?!だいじょうぶだったのっ?」 途端、王としての表情を見せるユーリを安心させるよう微笑む。 「大丈夫、子供の仕業だったみたいだから。現場にはヨザを向かわせたし、奴なら上手くやってくれる。」 「あ・・・だから、ぐうぇんのところに?」 「ええ。」 小さく頷くと、何処となく申し訳ないような表情で「そっか・・・」とユーリが呟いた。 「ごめんな・・・?こんらっどだって、やぶりたくてまもらなかったわけじゃないのに・・・」 「守れなかったのは確かだから、あなたが気にする必要はないよ。」 何処までも心優しい少年に苦笑を浮かべ、ケルトを握り締める手に人差し指で触れる。 すぐにきゅっと小さな両手で握り締められ、次いで小さな口付けが落とされた。 「おしごと、ごくろうさま。」 「ありがとう、ユーリ。」 空いている手でユーリの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。 ふと、コンラッドは思いついたようにベッドへ乗り上げ、シーツの中に身を横たえる。 「こんらっど?」 「ここにおいで。」 不思議そうに自分を見上げるユーリに、悪戯を思いついた子供のような笑みを向けて。 自身の頭を包み込む枕をトントンと指先でノックすると、そう囁く。 ユーリは初めこそ目を瞬かせていたが、コンラッドの思惑に気づいたのか嬉々とした表情を浮かべ、ケルトを掴んで枕をよじ登ってきた。 本来抱き上げて枕まで運べばユーリの体の負担もなくていいのだが、彼がこうして必死によじ登ってくる姿がとても愛らしく、ついつい我が儘に強請ってしまう。 んしょ、んしょ、と掛け声をかけて上ってきたユーリは、枕の頂に辿り着くとてけてけとコンラッドの元まで駆けて来た。 そうして頬に抱きつき自身のほっぺを擦りつけて、幸せそうに微笑むのだ。 「あったかーい。」 「はい、ここ。」 右手をユーリの隣に置き、左手で指し示す。 すると、いそいそとその手の上に乗ってきたユーリはころんと横になり、ケルトを自身の体にかける。 これが、常の昼寝のときの姿だったりするわけで。 互いの温もりを一番感じ取れる姿。 ユーリはコンラッドの温もりに包まれて眠りにつき、コンラッドもまた、ユーリの体温と重みを感じながら目を閉じる。 時には起きてその寝顔を堪能することが無きにしも非ずだが。 ユーリの体が大きいときは、この体全部で。 ユーリの体が小さいときは、この掌の全神経で。 彼を感じ、護る。 「おやすみ、ユーリ」 「ん、ぅ・・・」 常よりも未だ少々高い体温を感じつつ、コンラッドは緩やかに瞼を下ろした。 |