WEB CLAP 10  小さな願い  Yuri & Cacilie



「魔王と言う肩書きは、私にとって思い足枷でしかなかった・・・。」

 その言葉が、今もあの悲しげな微笑みとともに思い出すときがある。



 * * *



 陛下、と。
 いつものような明るい声など微塵も感じさせない沈んだ声音に、ユーリは視線を上げた。
 月光に照らされた横顔は美しく、しかし寂しさや悲しさと言った感情が色濃く窺える。
「私が魔王に選ばれたとき、それはもう町中の人々が喜んでくれましたわ。シュピッツヴェーグ家から魔王が誕生したと、家族も皆。三日間の宴が催され、親族たちは大喜びで酒を飲み踊りを踊って。私ももちろん初めは嬉しかったわ。家族のためになると、それはもう心躍らせた。・・・でも、だんだんと皆の気持ちが私には重く感じられて・・・。」
 何故自分が選ばれたのか、選ばれなければならなかったのか、と。
「眞王を恨んだ事もありましたのよ?」
 そのときを思い出してかくすくすと笑みを零すが、ふと笑顔に影を落とす。
「結局玉座に治まり、国の頂に立たされ・・・政治や軍事のことなど皆無の私に国を動かせるはずもなく、全ては兄に一任しました。」
 兄を信じて、全てを任せた。
 しかし、全てはそこから間違っていたのかもしれない。
 いくつもの横暴な仕打ちに何一つ逆らうことが出来ず、ただ黙認し続ける日々。
 人形のように玉座に座り、兄の言うまま合否を告げるだけ。
「人形でも構わないと思っていましたわ・・・子供が出来るまでは。男性と恋に落ち、その人との子を成して確かに私は幸せでしたから。」
 でも、と痛々しげに目を細め、ツェリは唇を噛み締めた。
「グウェンダルの父親とヴォルフラムの父親は、陛下もご存知でしょうが魔族でしたから周りのものからの反発もなく産むことも出来ました。けれど、コンラートは・・・彼の父親は人間でしたから、それはもう強い反発を受け、決断は眞王に一任されて・・・眞王は産むことを許可された。けれどまさか・・・まさかこんな仕打ちが待ち受けていたなんて・・・っ」
 悲痛な叫びとともに強く握り締められた拳を額に押し当て、ツェリはきつく奥歯を噛み締めた。
 それから己を静めるために二度、深く呼吸を繰り返し。
「ごめんなさいね、取り乱してしまって。」
「・・・いえ」
 ユーリは小さな笑みを口元に浮かべ、首を振った。
 それから視線を空に向けて、そこに散りばめられた星たちを見つめる。

「・・・ねぇ、ツェリ様。コンラッドは本当に俺たちを裏切ったのかな・・・?」
「それはありえませんっ!あの子がそんな・・・あなたを裏切ることなんて・・・っ」
「・・・だよね。うん、おれもそう思う。だから・・・」
 空に向けていた目を隣に移し、表情をくしゃりと歪める。
「きっと、何か理由があるはずなんだ。だから、ツェリ様も自分のせいとか考えるの、止めてください。」
「陛下・・・」
 塀に置かれた手に手を重ね、力を込めて。
「ツェリ様はツェリ様なりに頑張ってきて、そして好きな人の子供を産んで。その頑張ってきた自分を責めるのは、止めてください。自分で決めた道を進んでいるコンラッドのためにも・・・」
 ね?と言ってポンポンと手を叩くと、ツェリの表情もくしゃりと歪んだ。
 互いに泣きそうな表情を浮かべ、けれど涙は零さずに。
「・・・ありがとう、ございます・・・陛下・・・」
「一緒に待とうよ。そして、帰って来たら一発ぶん殴って、抱きしめて、"おかえり"って言ってやろう。ね?」
 声もなく頷き、次いで自分を抱きしめてきた体を受け止めて。
 小さな背中を撫でながら、ユーリはそっと瞼を閉じた。











「―――下、陛下っへーいーかーっっ」
「ぅわっな、何?!」
 真横から大音量で名称を呼ばれ、ユーリはその名の通り飛び上がった。
 見ればそこにはギュン汁を大量に垂れ流した王佐が。
「そんなに私の授業はお嫌ですかぁ〜」
「あぁぁ違うってギュンターっ!ちょっとだけ外をねっツェリ様とコンラッドが居たからさっっ」
「そそそそんなにコンラートばかり見つめるなんてっっ!んきーッッ」
 汁塗れのまま服の裾を噛みだしたギュンターに、ユーリは顔を引き攣らせた。
 それから一人で奇声を発し始めたギュンターを尻目に、そろりと席を立つ。
「! 陛下っ何処へ行かれるのです?!」
「うげっ」
 この部屋の脱出口は一つ。
 それはギュンターの背後にある扉のみ。
 しかしユーリはくるりとギュンターに背を向けると、窓の一つを大きく開け放ちテラスへ飛び出て。


「コンラッド!」


 下にいる彼に呼びかけるとともに、柵に足をかけて身を乗り出す。
 背後からは悲鳴が、下からは自分を呼ぶ声が同時に聞こえてきたが無視して、思い切り空中へと飛んだ。
 急降下する感覚に強く目を瞑って――。


「っ・・・ナイスキャッチ〜、コンラッド」
「ナイスキャッチじゃありませんっ何を考えているんですか、あなたは!」
 暖かな腕の感触にホッと息を付いたのも束の間、怒りの含んだ声にユーリは首を竦めた。
「俺が受け止め損ねたらどうするんです。ここにはクッションになるものなど何一つないんですよ?」
「あんたがおれを受け止め損ねるなんて有り得ないじゃん。それに絶対大丈夫って信じてたし。ねー、ツェリ様?」
「そうよねぇ、陛下?・・・でもね、お転婆さんも程々にしておかないと、この子の心臓が持ちませんことよ?」

 ねぇ、コンラート?

 唇を弓形に持ち上げて自分の息子を見上げるツェリに、コンラッドもまた深く頷いた。
 その表情はいつも通りの呆れの混じった、優しい微笑み。
「本当ですよ。心臓がいくらあっても足りない。こういう無茶は程々に。解った?ユーリ」
「はいはい解りましたっ!ってことで降ろして?」
「ダメ。」
 見事に爽やかな笑顔で即答され、ユーリの体は易々と抱え直される。
「では母上、ここで失礼します。」
「ええ、またお話しましょ。・・・陛下も」
 そこでふと、ツェリはユーリの耳元に口元を寄せて。
 小さな・・・とても小さな願いを一つ。

「―――もちろん、おれでよければ。」

 ツェリの託された願いにユーリは満面の笑顔を浮かべて、答えた。